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2018年9月 2日 (日)

ドイツのビスマルク宰相を想う

 先日立ち寄ったファミレスのメニューに「ビスマルク風○○○」を見付けて、Bismarck_image3思わず、この風貌や名言とともに、日本に大きな影響を与えた数々を思い出していました。岩倉使節団はビスマルクから、「国際社会で小国が生き残るためには国家を強くしなければならない」と諭され、目から鱗状態となり、明治政府は「富国強兵・殖産興業」の大方針を決定したとされます。
 岩倉具視、桂小五郎、大久保利通、伊藤博文ら幕末の志士たちで構成した使節団107名は、欧米に倣った近代国家を目指すため、明治4年11月12日~明治6年9月13日まで米国や欧州に派遣されます。最も強い影響を受けたとされるドイツでは、ドイツ帝国統一を成し遂げたばかりの宰相ビスマルクから夕食に招かれ、その時の言葉に我が意を得たりと感化されました。そして、主にドイツの政治体制を手本に近代化を進めますが、後の日本に光と影を落としたとされます。
 加来耕三は著書『不敗の宰相・大久保利通』で、ビスマルクの言葉を次のよう0000060641_wに紹介しています。 
 「世界の各国は、みな親睦、礼儀をもって相交っているが、それはまったく表面上のことで、内面では強弱、相凌(あいしの)ぎ、大小相侮(あいあなどる)るというのが実情である。私の幼時には、我がプロシアがいかに貧弱であったかは、諸公も知られるところであろう。この時にあたって、小国の状態を親しく閲歴してきた私が、常に憤懣を抱いていたことは、今にいたっても決して忘れることはできない。」、「いわゆる公法(国際公法、万国公法)というのは、列強の権利を保全する不変の道とはいうものの、大国が利を争う場合、もし自国に利ありとみれば公法に固執するけれども、いったん不利となれば、一転、兵威(兵力、武力)をもってするのである。だから、
公法は常にこれを守らなければならないというものではないのだ
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 事実、大東亜戦争では、国際法を無視した本土空襲不可侵条約を無視した侵略、そして事後法による東京裁判などで貶められます。なお、宰相・ビスマルクは美食家として知られ、日本でも、「ビスマルク風ピザ」や「ビスマルク風ハンバーグ」、アスパラに目玉焼きを乗せた料理などが知られています。きっと、使節団も食べたから、日本に広まったのでしょうが、大国は不利になったら国際法を無視すると言う教えは忘れてしまったのか・・・・。

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コメント

 ビスマルクと言えばやはり「鉄血宰相」であり、「賢者は歴史から学び愚者は経験からしか学ばない」の名言もあり、大日本帝国憲法がドイツ憲法を基にしたことなどは教科書にも出ているが、卵料理が好物だったようで、半熟卵を乗せたピザやステーキなどを「ビスマルク(風ピザ)」「ビスマルク風ステーキ」と呼ぶのはそれが故であるところで、
 そろそろ翻って見れば我らが国立市もドイツと大きな関わりがあり、言うまでもなく文教地区のモデルはドイツのゲッティンゲンであり、一応、姉妹都市選定に当たり候補にも挙がったらしいが、ルッカのような交流活動がないことから見送られたようであり、この他市内には天下市にも出店している人気宅配ピザ店の「ドイツ亭」さんもあり、ドイツパンのベーカリー「ベッカライしゅんた」さん(nonowa国立WESTのガーデン自由が丘さんに一部商品あり)、さらに御社の近所には手作りソーセージの「ノイフランク」さんもあるではないかと言ったことにも言及頂きたいかと…。

投稿: | 2018年9月 2日 (日) 10時24分

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