« 「結果が全て?」に想う | トップページ | 高齢運転者の交通事故に想う »

2018年7月 1日 (日)

「無財の七施(しちせ)」を想う

 バラモン教の僧侶として断食などの苦行から瀕死に陥った釈迦に、スジャータという00000258abc村娘が乳がゆを提供したことは、お布施の気持ちからだったのでしょう。きっと釈迦は、このような自分の体験を弟子たちに語ったはずで、経典「雑宝蔵経」で、地位や財産が無くても心がけ次第で、いつでも簡単にできる布施は、「眼施、和顔施、愛語施、身施、心施、牀座施、房舎施」であると説いています。 
 また、大月や上野原辺りの甲州街道沿いには、「出桁造り(だしけたづくり)」という、軒を深く前面に張り出した家並みが多く見られます。これは、旅が徒歩の時代に旅人に雨宿りの場所として提供した房舎施(ぼうしゃせ)の名残りと見られています。000029513_2
  さて、先日、ある公園で働いていた庭師が遅くなっても帰宅しないので声をかけると、「仕事中に携帯を無くした。午後3時ころに紛失に気付き、何度も探している。」と困り果てた様子です。半ば諦め顔ですが、「もう一回一緒に探しましょう」と声をかけ、携帯の番号を打ち込み、庭師の携帯のベルを鳴らしながら探すことにしたのです。そして探すこと約10分で、草むらの中から「ピッピッピッピッ・・」と聞こえ早目に発見することが出来ました。庭師の方も「丁度30回呼び出し記録がのこっています。関係者の連絡先が入っているので、無いと仕事に支障が出るところでした」と感謝していました。
 このようなことは、「無財の七施」の「身施(しんせ)」や「心施(しんせ)」に該当していると思われ、相手の立場になって、短時間ながら身体一つで動いただけであり、恩着せがましい気持はけっして御座いません。
1. 眼施(がんせ)~常に温かく優しい眼差しを施すこと
2. 和顔施(わがんせ)~いつもにこやかに笑顔で接すること
3. 言辞施(ごんじせ)~優しく時には厳しく叱る愛情のこもった言葉
4. 身施(しんせ)~自分の身体を使い奉仕すること
5..心施(しんせ)~気配り、思いやりの心を持ち、相手の立場になること
6. 床座施(しょうざせ)~座席や場所、地位を譲ること
7. 房舎施(ぼうしゃせ)~家や軒先を提供すること

|

« 「結果が全て?」に想う | トップページ | 高齢運転者の交通事故に想う »

11、宗教のこと。」カテゴリの記事

コメント

 そのスジャータは現在、乳粥ではなく民放ラジオを通じて時報を提供しているが、それはさておき、この時スジャータが差し出した粥に牛乳が入っていたことから、精進料理でも(殺生を伴わない)牛乳、乳製品を使っても良いのではないか?という議論もあるが、基本的には殺生を伴わなくても牛乳の他、蜂蜜もダメとする「ヴィーガン(Vegan)」になっており、欧州の寿司店に入ると「ヴィーガン・セット」と称してアボカドの寿司などが出てくるところで、
 そろそろ乳粥は牛乳で米を煮た「ライスプディング」と呼ばれるものだが、牛乳で米などを炊いたご飯が1980年代に栄養士によって考案され、学校給食に供されたところ、当時子供たちの間で流行っていた『オレたちひょうきん族』から「タケちゃんマンライス」と命名されたが、そのオレたちひょうきん族でビートたけしらと共演していたのが他ならぬ今日の石井めぐみ市議であることにも言及頂きたいかと…。

投稿: | 2018年7月 1日 (日) 12時07分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/2101431/73768459

この記事へのトラックバック一覧です: 「無財の七施(しちせ)」を想う:

« 「結果が全て?」に想う | トップページ | 高齢運転者の交通事故に想う »