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2018年7月 5日 (木)

「常不軽菩薩」はデクノボー?

 宮澤賢治の「雨にも負けず」は、賢治の死後に発見された手帳に綴Makezu_1238られた詩で、平素から自分に言い聞かせていたメモであろうとされます。「雨にも負けず」の後半に「ミンナニデクノボートヨバレ・・・」とありますが、この「デクノボー (木偶の坊)」のモデルが常不軽菩薩(サダーパリブータ)と見られています。
 宮澤賢治の生家は浄土真宗でしたが、賢治は、日蓮が仏教の統一を論じた「天台本覚論」や法華経に魅かれ、特に「法華経常不軽菩薩品(じょうふきょうぼさつほん)」第20に共感していたとされます。常不軽(じょうふきょう)菩薩は、釈迦が悟る前の自分の姿を説いた菩薩とされ、まだ、経典も悟Image7_2りも知らない常不軽菩薩は、「私はあなた方を軽んじません。あなた方は軽んじられることはありません。あなた方は、全て菩薩としての修行を行いなさい。あなた方は、完全に悟った如来になるお方なのですから・・・・」と誰にも気軽に声をかけていたそうです。
 しかし、声を掛けられた人々は、「馬鹿にしているのか」と怒り、罵り、石を投げ棒で打とうしますが、その菩薩は怒ることなく同じことを繰り返すことから、人々から、「常に軽んじない者(常不軽菩薩)」と呼ばれたとされます。
 また、日蓮も法華経の行者として、教えを説く過程で常不軽菩薩に身を重ねていたとされ、事実、松葉ヶ谷の法難、伊豆流罪、小松原の法難、竜の口の法難(佐渡流罪)など数々の受難に遭遇しています。そして、「アメニモマケズ」を読み返すと、宮澤賢治も要領が悪くても、常不軽菩薩の姿を愚直に追いかけていたと見られます。尚、仏教を信じようが、信じていなくても、人間尊重の精神が法華経の教えとされます。

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コメント

 宮沢賢治の作品については生前は無名の存在であったが、没後に草野心平らにより広まっていったのであり、件の雨ニモマケズについても作品として発表されたものでなく、没後に発見された手帳に書かれていたものが今や小中学校で暗唱されるまでになっており、賢治「直筆」の作品としては、おそらく「下ノ畑ニ居リマス」に並ぶものだろうと思われるところで、
 そろそろ7月7日〜8日に国立界隈では恒例の朝顔市が催され、8日はまた府中市の東京競馬場で花火大会も行われるが、その8日は他ならぬ「池田屋事件」のあった日でもあり、多摩地区が新選組隊士所縁の地であることは貴ブログでも何度も出ているので繰り返さないが、池田屋は現在チェーンの居酒屋(その前はパチンコ屋)と化しており(ちなみに坂本龍馬と中岡慎太郎が襲われた近江屋は現在、回転寿司屋と喫茶店)、壬生の新選組屯所から約3キロ、徒歩36分ほどであることにも言及頂きたいかと…。

投稿: | 2018年7月 5日 (木) 12時55分

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