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2018年5月 5日 (土)

東回りで伝来したキリスト教のこと

 長崎と天草地方の潜伏キリスタン遺産が2018年の世界遺産に登録されるようですが、古代にはImages東回りの旧約・新約のキリスト教の伝来が幾度もあり、日本の神道・仏教・祭礼・習慣・言語などに強い影響があることも同時に理解したいものです。
  まず、主に白人に広まった西洋型キリスト教は1549年に伝来するも、密貿易や人身売買、西欧諸国の日本侵略、植民地化の手段に利用していたことが発覚し禁教。激しい弾圧が続く中で、約250年間も信仰を守った隠れキリシタンの存在が明治期に知られ、今回、潜伏キリスタン遺産として世界遺産登録の運びです。しかし、西回りとは逆に、アジア大陸を東回りで伝来した古代キリスト教もありました。
 キリシタン大名は奴隷貿易商: 大日建設の社長日記
 東回りキリスト教伝来の証拠として、京都・大秦寺の景教(キリスト教ネストリウス派)、広隆寺の「十善戒」と「十戒」、「トラの巻」と「トラー(モーセ五書)」、イスラエルの幕屋と神社、また、空海や最澄が遣唐使として留学した当時の唐ではキリスト教が盛んで、二人が興した真言宗や天台宗にはキリスト教が色濃く影響している事実もあります。それに、もっと古くは、縄文から弥生時代に移行するころ、九州や四国の瀬戸内海沿岸辺りに、「ソラ」(高地性傾斜地集落)と呼ばれた高地性集が出現しますが、高所に住む習慣はノアImage5の箱舟で大洪水から生き延びた記憶からでしょうか。
 最初の渡来は、2700年前の北イスラエル王国が崩壊した時代と重なるとされ、預言者イザヤが聖書に記した約束のを信じて、約束の地が東の島々にある(24 章15 節)、神の神殿がある山は一番高く、神聖な場所である(2 章2 節)などを頼りに東に向かったのでしょう。そして、「山岳信Image6仰」の地として、吉野金峰山、熊野三山、出羽三山、戸隠山・飯綱山(いいづなやま)、鞍馬山などが代表的ですが、いずれにも山伏や天狗伝説が残り、その天狗の姿はユダヤ人独特の風貌が伝わっています。それに、正月の餅を食べる習慣は「旧約聖書のエジプト記」にあることも注目されることです。
 いずれ、日本全体が「隠れキリスタン」の末裔と登録される日もありそうです。
出エジプト記第 12 章
13 あなたがたのいる家々の血は、あなたがたのためにしるしとなる。わたしはその血を見て、あなたがたの所を通り越そう。わたしがエジプトの地を打つとき、あなたがたには滅びのわざわいは起こらない。
14 この日はあなたがたに記念となり、あなたがたは主の祭としてこれを守り、代々、永久の定めとしてこれを守らなければならない。
15 七日の間あなたがたは種入れぬパンを食べなければならない。その初めの日に家からパン種を取り除かなければならない。第一日から第七日までに、種を入れたパンを食べる人はみなイスラエルから断たれるであろう。

久保有政 聖書講義「古代東方キリスト教と日本」1 
使徒トマスに始まった東方キリスト教
    https://youtu.be/lRC6naCNWQ4

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11、宗教のこと。」カテゴリの記事

コメント

確かに法隆寺の柱には古代ギリシャ建築の「エンタシス」が見られることが歴史の教科書にも書かれており、その建立者である聖徳太子も「厩戸皇子」の名が示す通り出生譚がキリストのそれと酷似しており、さらにシルクロードのミーラン遺跡の仏教寺院からはキリスト教のものと見られる有翼天使の画が見つかっており、彼らがそれをキリスト教と認識したかどうかはともかく、その影響は見られるところで、そろそろ一方、「虎の巻」については中国の兵法書『六韜』の「文・武・竜・虎・豹・犬」の全六巻のうち「虎」の巻を源義経が鬼一法眼より盗み出して兵法を会得したことが由来とされており、また高地性住宅ついてはむしろ雨季にスコールによる浸水を避けた東南アジアの住居に起源を求める方が自然であり、現在でもうっかり建物の地下に自家発電機を置いたりすると洪水や津波により浸水し肝心の非常時に使い物にならなくなる(福島第一原発の事故はこれが原因)ことにも言及頂きたいかと…。

投稿: | 2018年5月 6日 (日) 19時30分

大日建設(株)杉山
 阿波忌部氏の末裔で天皇即位時に身に付ける麁服(あらたえ)の準備をする徳島県美馬市木屋平の高地に住むイスラエルの末裔とされる阿波忌部氏直系の「三木家」などの存在は否定できないものがあります。また、日本には「カタカムナ文字」又は「カタカムナ文明」という古代文字と文明が存在し、既にそれなりに発展していて、他の宗教や文明を余裕を持って受け入れる寛容さを持っていたはずです。
 いずれ、解明されると期待しています。
 なお「韓半島からの渡来人によって日本が発展した」という解釈は、一見、韓半島が日本より格段に発展していたような錯覚を覚えますが、実際は、主にイスラエル人が、東へ東へ移動する過程で陸路として通過しただけのはずです。仮に、一時的に居住したとしても、そこは魅力のない土地、約束の地ではないと直ぐに気付いたのでしょう。
また、東回りの古代キリスト教は、東に移動するプロセスで仏教や儒教・道教などと融合して伝来したはずです。勿論、西回りの西洋型キリスト教も、他民族に拡散する過程で北欧のクリスマスや古代ケルト人のハロウィーンなどを取り入れて拡散しています。

投稿: 大日建設(株)杉山 | 2018年5月 6日 (日) 20時37分

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