« 2月23日は「富士山の日」です。 | トップページ | 日本人の祖先はネアンデルタール人か »

2018年2月25日 (日)

二・二六事件は「ニーテンニーロク」か

 明日は2月26日ですが、最近のテレビ・ラジオなどでは殆ど「ニーニーロク事件」と表現しているようです。事件の呼び方は「ニーニーロク」なのか「ニーテンニーロク」なのか気になっています。20年以上前のことですが、「二・二六事件」の舞台になった旧山王ホテルで、16・7歳当時にコック見習いをしていた方と知り合いましたが、何度も「ニーテンニーYoyogi_map_1ロク事件」が正しいと指摘されたことを思い出しています。
  山王ホテルは、地下にアイススケート場もあった高級ホテルで、皇室の利用者も多かったそうです。それが、1936年(昭和11年)2月26日から2月29日にかけて、陸軍の青年将校らが1,483名の下士官兵を率いて国家転覆を狙ったクーデター事件で、歩兵第三連隊第六中隊の安藤輝三大尉指揮下の安藤部隊が占拠したところでした。その方が語るに、当初は何が何だか事情を全く把握出来なかったそうで、恐る恐る厨房からホテル内外を覗くと、あちらこちらに機関銃が据えられ、ロビー、トイレ、食堂等に銃を携えた大勢の兵隊が動き回り、出入口や窓は机や椅子でバリケードが築かれたそうです。
 印象に残っていることは、兵隊たちにホテルの高級酒は殆ど飲まれてしまったことや、コック見倣いだったので、一日中、兵隊用のおにぎりを作ったこと。それに兵隊が引き上げた後の掃除や片付けは何日もかかり、営業再開まで何日も要したことや、解散呼びかけビラも散らかっていたが保存しておけば良かったなどと語っていました。もしお元気なら95~6歳でしょうか。歴史の証言者も少なくなっています。
 安藤輝三大尉は、「国体を護らんとして逆徒の名 万斛の恨 涙も涸れぬ ああ天は鬼神」と悔しい辞世の句を、事件の理論的指導者として銃殺刑された社会主義者の北一輝は、「若殿に兜とられて負け戦」と意味深な句を残したことも語っていました。

|

« 2月23日は「富士山の日」です。 | トップページ | 日本人の祖先はネアンデルタール人か »

01、個人的に関心を持った話し」カテゴリの記事

コメント

その二・二六事件の慰霊碑が渋谷のNHKの向かい、渋谷公会堂や渋谷税務署のある一角にあるのは他ならぬここに陸軍刑務所があったからであり、その隣には代々木練兵場が広がり、戦後そこにオリンピック関連施設が建てられたが、今日閉幕する平昌五輪はまさに「羽生は五輪で勝ち、羽生は五段に敗れる」だったところで、そろそろ今日はその五輪を東京に誘致すべく始まった「東京マラソン」があり、都心方面へ出向くには交通規制に注意せねばならないが、昨日から今日まで谷保天満宮の「梅祭り」も開催されていることにも言及頂きたいかと…。

投稿: 今日は「東京マラソン」 | 2018年2月25日 (日) 09時30分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/2101431/72978222

この記事へのトラックバック一覧です: 二・二六事件は「ニーテンニーロク」か:

« 2月23日は「富士山の日」です。 | トップページ | 日本人の祖先はネアンデルタール人か »