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2017年11月 1日 (水)

11月1日は「点字制定記念日」

 「人在りて我在り、他を思いやり、慈しむ心。これ即ち『』」は、学校法人順天堂の学是ですが、このImage0377精神を忘れない病院が山形県遊佐町の「順仁堂・遊佐病院」です。
 「遊佐病院」の二代目佐藤国蔵は、明治16年、医学修業の大志を抱いて16歳で上京、順天堂の佐藤舜海の門を叩き、翌17年に東京大学医学部別科に合格しています。佐藤舜海は後に尚中を名乗りますが、東京順天堂の第二代堂主、順天堂医院の初代院長に就任しています。この順天堂は 1838(天保 9)年、佐藤泰然によって創設されますが、佐藤泰然の父は山形県遊佐町升川出身の佐藤藤佐ですから、佐藤国蔵はその縁からの上京でしょうか。
 この話題は、この町出身のお客さんから聞いたばかりの話しです。
  明治16年、佐藤国蔵は医学修業の大志を抱いて勉学に励むものの、18歳ころから視力に変調をきたし、それでも無事大学を卒業し前期試験に合格するものの、眼病が悪化し後期試験を断念、その後、東京盲唖学校に入学、鍼の術を習得しています。そのころ寄宿舎の舎監長で、点字翻案に取り組む同校助教授・石川倉治の情熱に感化され、国蔵の人生を変える動機となる。明治26年同校を卒業。今度はバイオリン科に再入学して点字楽譜にその才を発揮しています。『点字発達史』には「同校鍼按科出身佐藤国蔵0025888imageが『国民唱歌集』(小山作之助編纂)を点訳した。これが我が国における点字楽譜の最初である・・・・」と業績を称えているそうです。
 11月1日は、「日本点字制定記念日」とされ、1890(明治23)年の今日、東京盲唖学校の点字選定会で、石川倉次の案を採用が決定したとにちなんでいます。「日本点字の父」が静岡県浜松市中区鹿谷町出身の石川倉治なら、「日本点字楽譜の祖」は佐藤国蔵と称えられ、今も、遊佐病院の中庭に銅像があるそうです。なお、美智子皇后陛下も「点字楽譜支援に感謝」されるなど、点字楽譜の普及に貢献されておられると新聞にありました。

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コメント

点字はもともとフランスで軍の夜間通信用に考案されたものであり、すなわち灯火のない中でも書面の読解が可能であったところで、そろそろ今日・11月1日は旧暦九月十三日ということで「十三夜」であり、十五夜と同じ場所で十三夜の月も見ないと「片月見」ということで縁起が悪いことにも言及頂きたいかと…。

投稿: | 2017年11月 1日 (水) 20時05分

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