« NHK自虐史観報道は夏の風物詩? | トップページ | 平和こそ最大の福祉が理念の国 »

2017年8月27日 (日)

いい加減、自虐史観は止めよう!

 アメリカ人の弁護士ケント・ギルバート氏は著書、「国際化途上国ニッポン」、「不死鳥の国・ニッポ00204203200_ン」、「まだGHQの洗脳に縛られている日本人」、「やっと自虐史観のアホらしさに気づいた日本人」などで、日本人に自虐史観のアホらしさを解く努力をしてくれています。しかし、この献身的とも思える同氏を、「日本で商売するために日本を持ち上げているだけだ」などとこき下ろす輩もいるのですから、日本人の自虐史観も根深いものがあります。それなら、下段に掲載した世界の著名な指導者の声も、日本から援助金や賄賂などを受けるための褒め言葉だったのでしょうか。
 まず英国人の歴史学者アーノルド・J・トインビーは、Image4
 「第2次大戦において、日本人は日本のためというよりも、むしろ戦争によって利益を得た国々のために、偉大なる歴史を残したといわねばならない。その国々とは、日本の掲げた短命な理想であった大東亜共栄圏に含まれていた国々である。日本人が歴史上に残した業績の意義は、西洋人以外の人類の面前において、アジアとアフリカを支配してきた西洋人が、過去200年の間に考えられていたような、不敗の半神でないことを明らかに示した点にある。」(1956年10月28日/英紙「オブザーバーL)と語っています。
 そして、英国人のジャーナリスト ヘンリー・ストークス氏は、000204203200_
 「もし日本が大東亜戦争を戦わなかったら、アジアにはいまだに欧米列強の白人が支配する世界が広がっていたかもしれない。そう考えてみると、大東亜戦争は「侵略戦争」であるかどうかなどという些末な議論を超えて、もっと大きな世界文明史的な意義が見いだされよう。つまり、白人列強による世界支配を終焉させ、人種平等の世界の実現へと舵を切らせる歴史的偉業を果たしたのが、日本が戦った大東亜戦争だったということだ。これから未来に生きる日本の子供たちや、まだ生まれてこない未来の日本人のために、私はメッセージを伝えたい。日本は、世界を侵略した犯罪国家ではない。世界を侵略していたのは、この五百年をとれば白人列強諸国だった。日本はむしろ、その残虐非道な白人の世界侵略を覆した「正義の国」なのである。それは白人キリスト教徒の史観からすれば、白人キリスト教世界の支配を覆した悪魔の所業であった。歴史というのは、その立ち位置で認識も違ってくるものなのだ。歴史認識は重層的でもある。」
 と語っています。それなのに、日本人からは日本の植民地化を避ける名誉ある戦いを小馬鹿にするような声ばかりです。とにかく、平和な時代が続く今になって、「戦わない道もあったはずだ」などというのは、後知恵であって、当時の人々は「戦う道しかない」と信じていたと思っています。
 戦後の日本人には、「天に唾する」ような卑怯者が多すぎます。
なぜ日本人は大東亜戦争(太平洋戦争、第二次世界大戦)を戦ったのか?    https://youtu.be/SuANLbviDFw
 

大東亜戦争は日本が勝った
英国人ジャーナリスト ヘンリー・ストークスが語る「世界史の中の日本」   https://youtu.be/_wDOff6My-s

■韓国
◎ 朴鉄柱
「現在の日本の自信喪失は敗戦に起因しているが、そもそも大東亜戦争は決して日本から仕掛けたものではなかった。平和的外交交渉によって事態を打開しようと最後まで取り組んだ。それまで日本はアジアのホープであり、誇り高き民族であった。最後はハル・ノートをつきつけられ、それを呑むことは屈辱を意味した。”事態ここに至る。座して死を待つよりは、戦って死すべし”というのが、開戦時の心境であった。それは日本の武士道の発露であった。日本の武士道は、西欧の植民地勢力に捨て身の一撃を与えた。それは大東亜戦争だけでなく、日露戦争もそうであった。日露戦争と大東亜戦争ーこの二つの捨て身の戦争が歴史を転換し、アジア諸国民の独立をもたらした。この意義はいくら強調しても強調しすぎることはない。」(韓日文化研究所 昭和42年10月)
■アメリカ
◎ジョイス・C・レプラ コロラド大学歴史学部教授
「日本の敗戦、それはもちろん東南アジア全域の独立運動には決定的な意味をもっていた。いまや真の独立が確固とした可能性となると同時に、西洋の植民地支配の復活も、許してはならないもう一つの可能性として浮び上がってきたのである。民族主義者は、日本占領期間中に身につけた自信、軍事訓練、政治能力を総動員して、西洋の植民地支配復帰に対抗した。そして、日本による占領下で、民族主義、独立要求はもはや引き返せないところまで進んでしまったということをイギリス、オランダは戦後になって思い知ることになるのである。」    (「東南アジアの解放と日本の遺産」)
◎ジョージ・S・カナヘレ 政治学博士
「日本占領軍がインドネシア民族主義のために行った種々の仕事のなかで、最も重要なものの一つは、正規軍及び准軍事組織を創設して、それに訓練を与えたことである。…このような機会がなかったならば、戦後のインドネシア民族革命の経過は違ったものになっていたであろう。」    (「日本軍政とインドネシア独立」)
■オランダ
◎サンティン・アムステルダム市長 現内務大臣
「本当に悪いのは侵略して権力を振るっていた西欧人の方です。日本は敗戦したが、その東亜の解放は実現した。即ち日本軍は戦勝国の全てを東亜から追放して終わった。その結果、アジア諸民族は各々独立を達成した。日本の功績は偉大であり、血を流して闘ったあなた方こそ最高の功労者です。自分をさげすむことを止め、…その誇りを取り戻すべきであります。」
(1985年日本傷痍軍人会代表団がオランダを訪問した時行われた市長主催の親善パーティの歓迎挨拶)
■タ イ
◎ククリット・プラモード 元首相
「日本のおかげで、アジアの諸国はすべて独立した。日本というお母さんは、難産して母体をそこなったが、生まれた子供はすくすくと育っている。今日、東南アジア諸国民が、アメリカやイギリスと対等に話ができるのは、一体だれのおかげであるのか。それは『身を殺して仁をなした』日本というお母さんがあったためである。12月8日は、われわれにこの重大な思想を示してくれたお母さんが、一身を賭して重大決意された日である。さらに8月15日は、われわれの大切なお母さんが、病の床に伏した日である。われわれはこの2つの日を忘れてはならない。」
■マレーシア
◎ラジャー・ダト・ノンチック 元上院議員
「私たちは、マレー半島を進撃してゆく日本軍に歓呼の声をあげました。敗れて逃げてゆく英軍を見たときに、今まで感じたことのない興奮を覚えました。しかも、マレーシアを占領した日本軍は、日本の植民地としないで、将来のそれぞれの国の独立と発展のために、それぞれの民族の国語を普及させ、青少年の教育をおこなってくれたのです。」
◎ガザリー・シャフィー 元外務大臣
「日本はどんな悪いことをしたと言うのか。大東亜戦争で、マレー半島を南下した時の日本軍は凄かった。わずか3カ月でシンガポールを陥落させ、我々にはとてもかなわないと思っていたイギリスを屈服させたのだ。私はまだ若かったが、あの時は神の軍隊がやってきたと思っていた。日本は敗れたが、英軍は再び取り返すことができず、マレーシアは独立したのだ。」
◎ザイナル・アビディーン 歴史学者
「日本軍政は、東南アジアの中で最も政治的意識が遅れていたマレー人に、その種を播き、成長を促進させ、マラヤにおける民族主義の台頭と発展に、大きな〝触媒″の役割を果たした」
■インドネシア
◎モハメッド・ナチール 元首相
「アジアの希望は植民地体制の粉砕でした。大東亜戦争は、私たちアジア人の戦争を日本が代表して敢行したものです。」
◎アラムシャ 元第三副首相
「我々インドネシア人はオランダの鉄鎖を断ち切って独立すべく、350年間に亘り、幾度か屍山血河の闘争を試みたが、オランダの投智なスパイ網と、強靭な武力と、苛酷な法律によって、圧倒され壊滅されてしまった。それを日本軍が到来するや、たちまちにしてオランダの鉄鎖を断ち切ってくれた。インドネシア人が歓喜雀躍し、感謝感激したのは当然である。」
◎サンバス 元復員軍人省長官
「特にインドネシアが感謝することは、戦争が終わってから日本軍人約1000人が帰国せず、インドネシア国軍とともにオランダと戦い、独立に貢献してくれたことである。日本の戦死者は国軍墓地に祀り、功績を讃えて殊勲章を贈っているが、それだけですむものではない。」
◎プン・トモ 元情報相
「日本軍が米・英・蘭・仏をわれわれの面前で徹底的に打ちのめしてくれた。われわれは白人の弱体と醜態ぶりをみて、アジア人全部が自信をもち、独立は近いと知った。一度持った自信は決して崩壊しない。…そもそも大東亜戦争はわれわれの戦争であり、われわれがやらねばならなかった。そして実はわれわれの力でやりたかった。」         (昭和32年の来日の際の発言)
■インド
◎ラグ・クリシュナン大統領
「インドでは当時、イギリスの不沈戦艦を沈めるなどということは想像もできなかった。それを我々と同じ東洋人である日本が見事に撃沈した。驚きもしたが、この快挙によって東洋人でもやれるという気持ちが起きた。」(昭和44年、日本経済新聞)
◎ハビプル・ラーマン 元インド国民軍大佐
「ビルマ、インドネシア、フィリピンなどの東アジア諸国の植民地支配は一掃され、次々と独立し得たのは、日本がはぐくんだ自由への炎によるものであることを特に記さなければならない。」
◎グラバイ・デサイ インド弁護士会々長
「インドは程なく独立する。その独立の契機を与えたのは日本である。インドの独立は日本のお蔭で30年早まった。これはインドだけではない。インドネシア、ベトナムをはじめ東南アジア諸民族すべて共通である。インド4億の国民は深くこれを銘記している。」
(1946年の軍事裁判に出廷した藤原岩市氏らに)
■スリランカ
◎l・R・ジャヤワルダナ 大統領
「往時、アジア諸民族の中で、日本のみが強力かつ自由であって、アジア諸民族は日本を守護者かつ友邦として、仰ぎ見た。…当時、アジア共栄のスローガンは、従属諸民族に強く訴えるものがあり、ビルマ、インド、インドネシアの指導者たちの中には、最愛の祖国が解放されることを希望して、日本に協力した者がいたのである。」 (1951年、サンフランシスコ対日講和会議演説)

|

« NHK自虐史観報道は夏の風物詩? | トップページ | 平和こそ最大の福祉が理念の国 »

12、日本は戦勝国だった」カテゴリの記事

コメント

自虐史観がなかなか払拭されないのは、その対局にあるのが「歴史修正主義」、すなわち「ネオナチ」とか「南京大虐殺はなかった」といったものになることも一因(あくまで一因)としてあり、さらに始末が悪いのは、そういった主張をする人に限って黒い街宣車に乗ってる人や、「や」のつく自由業の方々と関わっていることであり、一方、自虐史観を流布しているのは他ならぬ◯日新聞をはじめとする左翼系マスコミであり、慰安婦がダメになると今度は徴用工をダシにし始めるも、これはもう外交的には決着がついており、ただ彼らにしてみれば、そんな慰安婦や徴用工が可哀想だなどと微塵も思っておらず、ただ自民党政権を倒すダシに使いたいだけであるところで、そろそろその自民党側もこういうことがあっては彼らに付け入る隙を与えるだけであり、
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170827-00017245-houdouk-soci
某女性議員との関係の一件も含め、潔く進退を決すべきことにも言及頂きたいかと…。

投稿: | 2017年8月27日 (日) 14時30分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/2101431/71526448

この記事へのトラックバック一覧です: いい加減、自虐史観は止めよう!:

« NHK自虐史観報道は夏の風物詩? | トップページ | 平和こそ最大の福祉が理念の国 »