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2017年8月16日 (水)

外交では対話と軍事力は車の両輪

 「外交=話し合い」ではない。話し合いは外交の中の「極く一部」とされます。2017816image
 つまり、「話し合い」も「国際親善」も「援助」も「論争」も「戦争」も「報道干渉」も「諜報」も 「同盟」も「民間交流」も「制裁」も「封鎖」も、全てが外交手段の一つとされます。
  例年8月15日頃になると、戦争に対する色んな声が聞こえてきますが、多いのは「戦争は嫌いだ。絶対やるべきでない」でしょうか。当然ながら、戦争などするべきではない。野蛮だからではない。反省したからでもない。ただただ「互いに損だから」です。戦争に反対する姿勢は、人間が人間らしく生きるために絶対に必要なものであり、世界中の人々が太古から希求する理想なのに、古今東西、往古来今、人間社会から喧嘩や紛争が根絶された例を聴いたことはありません。
 ところで、北朝鮮によるグアム周辺海域に向けたミサイル発射威嚇は、「当分、アメリカの行動を見守る」と金正恩委員長がトーンダウンさせた言質から、当面は見合わせたと分析されています。しかし、この腰砕け発言に至るまでには、米国の裏交渉、トランプ大統領の戦争も辞さない強い発言、中国の経済圧力、国際社会の厳しい声などが正恩の耳に聞こえたはずです。
 つまり、外交では話し合いと軍事力は車の両輪であり、どちらが欠けても国家として異常と見られ、援助金や民間交流をちらつかせるだけの日本外交は異常な姿です。8月6日には、河野外相に北朝鮮の李容浩(リヨンホ)外相が、核・ミサイル問題だけでなく日本人拉致問題も含めた包括的な解決に向けた「対話」を打診したそうですが、これも北朝鮮の巧妙な戦略であり、この先には北朝鮮との平和条約や国交が回復して、韓国並みの戦後の賠償金の支払いを要求されることでしょう。

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14、緊迫する国際情勢」カテゴリの記事

コメント

対話と軍事力は車の両輪というより、アメリカの「砲艦外交」(例:ペリー来航)や「棍棒政策」(例:セオドア・ルーズベルト大統領のパナマ政策)に見られるように、「軍事力を背景にした対話外交」と言った方が的確な認識であり、さらにここで忘れてはならないのが、その「軍事力」を維持・向上させるためには、当然それ相応の「経済力」が必要であるということであり、北朝鮮には当然それが決定的に欠けており、兵隊に食わせる食料、戦車、戦闘機、戦艦を動かす燃料、さらに弾薬に至っては早晩枯渇することがわかっており、これら「兵站」を軽視したがために悲惨な結果になった例は昨日NHKで放映された「インパール作戦」のドキュメンタリーでもやっていたと思われるところで、そろそろ「山の日」に丸の内で発生した高所作業車転落事故の現場はやはり「東京會舘」の建て替え工事であることがわかっており、恐らく祝日まで作業を行っていたということは予定されたリオープンに間に合わせるには工期が押していたものと推察されるが、今回の事故により竣工が遅れることは容易に想像でき、さらに「事故物件」になってしまったことで、ここで結婚式を挙げようという人にも影響が出るものと思われ(特にリオープンを見越して挙式の先行予約をしていたとしたらなおさら)、こういったことは、御社のような建設会社も以って他山の石と為すべしであることにも言及頂きたいかと…。

投稿: | 2017年8月16日 (水) 12時45分

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