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2017年6月 3日 (土)

侍の国が自国を守れない屈辱

 今日6月3日は、1853年(嘉永6年6月3日)ペリー率いる米国海軍所属Image3_2東インド艦隊の黒船4隻が浦賀湾の沖に来航した日で、この圧力に屈して開国以来、164年間も米国の強い影響を受けたままです。それでも日本は、世界からSamuraiの国として見られ、凛とした生活様式等を期待して訪問する外国人も多いようです。しかし、その凛とした〇○は戦前迄で、今の日本は自分の国を自分で守れない・守ろうとしないことを恥とも思わない国に成り下がっています。まるで、ガンマンの後に武士が隠れて、怯えながら助けてくれとでも叫んでいるようなものでしょうか・・・・
 このような日本になった経緯は、1951年に吉田茂首相が「サンフランシスコ講和条約」に調印と同時に「日米安全保障条約」を結びます。この講和条約によって独立を回復したのだから、「マッカーサー憲法」と呼ばれた占領下憲法を撤廃して日本独自の新憲法を制定すべきだったのに、吉田茂は憲法を005icrj0そのままにして軍事・外交などの重要政策を自己決定する権限をアメリカに奪われて従属する道を選んだことが、真の独立から遠のいた発端であり、日本人の精神を著しく荒廃させたとされています。
 その後も、岸首相はアイゼンハワー政権と交渉して安保条約を改正し、米軍に日本を守る義務を負わせるとともに、両国の意志で延長可能な条項を設けたことが、決定的に憲法改正のチャンスを失ったような印象を与えています。つまり、「日米安全保障条約」と「憲法九条」はセットだったのであり、この裏には、安価な防衛費用で最強の軍隊と「核の傘」で米軍を賄い、日本は軍事費を節約してノウノウと経済発展に邁進するというズルい魂胆が隠されていました。実に巧い方法を採用0008100したと、当時の保守陣営は思ったでしょうが、それと引き換えに、「自分の国は自分達で守」という基本的な精神まで失ったことが、憲法をはじめとする法体系だけでなく、教育・政治・報道・制度・文化・宗教など様々の分野に現れて、日本らしさを失ったと言われています。三島由紀夫は1970年(昭和45年)11月25日に自決するのですが、その9カ月前の2月に、「平和憲法は偽善。憲法は、日本人に死ねと言っている」と語っています。
 きっと「侍の国が自国を守れない屈辱感」を思っていたはずです。
■『凛として愛 』全編ノーカット版 拡散希望!全日本人が知るべき真実!  
 https://youtu.be/QwpWKoV13GY

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コメント

吉田茂首相の時代の日本の仮想敵国は何と言ってもソ連であり、その強大な軍事力に対抗するには自前では当然足りず、米軍に頼らざるを得なかったという事情もあったから、必ずしも米軍頼りにしたことを非難できないが、しかし時代が進んで兵器が進歩し、その結果、兵士の頭数で戦争の勝敗が決まる時代ではなくなってくると、米国が日本にも応分の防衛力を求めてくるのは必然であるところで、そろそろ実は日本が経済発展したことも米国が日本の防衛を重要視する必要性を生じさせた一因であり、もし日本が貧乏国家であれば自らの命を犠牲にしてまで防衛する価値などなく、とっとと共産勢力に乗っ取られても知らぬ顔だったろうが(南ベトナムなどはそれに近かった)、GDP世界2位(当時)、アジアの事実上の金融センターと化した日本をアメリカが見捨てるとなると自国経済にも悪影響があったのではないかと思われることにも言及頂きたいかと…。

投稿: | 2017年6月 4日 (日) 12時22分

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