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2017年5月22日 (月)

おだまきの花言葉は勝利・心配

 郷里の富士宮市には富士川が流れ、 平安時代Image7の治承4年10月20日(1180年11月9日)「富士川の戦い」があった所で、源氏側20万騎、平氏側7万騎が集まったとされ、近くには「狩宿の下馬桜」など、多くの伝承や史跡があり、街の殆どの人は源氏贔屓のようです。
 面白いのは、頼朝は白糸の滝で「この上に いかなる姫や おはすらん おだまき(苧環)流す 白糸の滝」と詠んでいますが、その後、義経の妾である静御前も、それを返すように、苧環(おだまき)を詠っています。この詩は、義経が兄・頼朝に追われ、吉野の山中で静御前と離れ離れになり、間もなく静御前は捉えられ鎌倉に送られ、頼朝の前で舞いながら詠ったとされ、静御前の舞として伝わっています。    
  しづやしづOdamaki_image1
 しづの苧環(おだまき)繰り返し
 むかしを今に なすよしもがな
 吉野山 嶺の白雪 ふみわけて
 入りにし人の 跡ぞ恋しき

 今風なら、「いつも私を、しず、しず、苧環(おだまき)の花のように美しい静と呼んでくださった義経様 幸せだった あの時に戻りたい・・・」とでもなるのでしょう。静御前の舞は、今も「鎌倉まつり」などで再現されていますが、NHKの大河ドラマ「義経」で魅せた石原さとみの舞は圧巻です。なお、オダマキの花言葉は色で違い、白は「あの人が気がかり」、赤は「心配している」、紫は「勝利」、花の色に関係がなく「愚か者」だそうですから、頼朝や静御前は何色をイメージしたのか・・・0000582618
 ※ 日本に花言葉が入ったのは19世紀末と言われますが、頼朝も静御前も、まるで知っていたかのような詩です。また、5月22日は鎌倉滅亡の日とされ、新田義貞は分倍河原の合戦で勝利すると一気に鎌倉を攻め落し、北条高時をはじめ一族は1333年5月22日、鎌倉の東勝寺で自刃、140年余り続いた鎌倉幕府は滅亡。府中市の南武線と京王線の分倍河原駅前には、鎌倉を目指す「新田義貞公(正式名は源義貞)」の馬上の像があります。

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01、個人的に関心を持った話し」カテゴリの記事

コメント

果たしてオダマキの花と小田巻蒸しとが関係あるかは存じませぬが、杉山社長の源氏ゆかりの地としての故郷・富士宮への思いとは裏腹に、今や富士宮といえば完全に「やきそば」で有名になってしまっており、富士宮行きの高速バスが「やきそばエクスプレス」を名乗るほどであり、逆に言えば、一ローカルフードで、いわゆる「ご当地B級グルメ」であった「富士宮やきそば」を全国区にまで押し上げたのは、やはり「富士宮やきそば学会」と「やきそばGメン」こと渡辺英彦氏の尽力されたところが大きく、その後の「B-1グランプリ」を通じて富士宮だけでなく全国各地のB級グルメが発掘され、同じ静岡県内でも「静岡おでん」「浜松餃子」などが全国に知れ渡るようになり、浜松餃子などは浜松市の政令指定都市化と共に「日本一の餃子の街」の座を宇都宮市から奪い取ってしまったところで、そろそろ大河ドラマ『義経』にて静御前を演じた石原さとみ氏は我らが国立市出身との言われているが、最近の出演作『地味にスゴイ!校閲ガール河野悦子』の原作本・宮木あや子作『校閲ガール』のカバーイラストを手掛けたのは、我らが国立のゆるキャラ「くにニャン」の生みの親・市内在住のイラストレーター・茶谷怜花氏であることにも言及頂きたいかと…。

投稿: | 2017年5月22日 (月) 09時50分

 大日建設(株)杉山
 「苧環(オダマキ)」は、かつて、麻糸を巻いた道具「糸繰り車」のことで、花の形が似ていることから付けられたものと思います。また、イラストレーターの茶谷怜花(旧作家名:ちゃたになおこ)さんも実力ある方のようですので、一般公募される「東京五輪のパラマスコット」にも挑戦して欲しいものです。

投稿: 大日建設(株)杉山 | 2017年5月22日 (月) 19時17分

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