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2017年5月 8日 (月)

新幹線開発とゼロ戦技術者たち

 郷里の富士宮市は天下分け目の源平合戦で知られる富士川で分断さ000imgefd7fc945m5vzkれており、かつて東海道線や身延線を利用すると一時停電するデッドセクション(無通電区間)を体験することが出来ました。
 つまり、西が中部電力(60Hz)、東が東京電力(50Hz)に分断し、切り替え地点で一時的に電車内が停電したのです。1964(昭和39)年開業した新幹線は、50Hz(東側)沿線に「周波数変換変電所」を設置して、電力会社から届く50Hzの交流電源を60Hzに変換して新幹線へ送電することで、50Hzエリア内でも60Hz専用の車両が走行できるようにしたそうです。
 我が社に隣接した、国分寺市光町の鉄道総合技術研究所には、旧海軍の零戦技術者達が勤め新幹線を開発していたのです。ご紹介します、NHKプロジェクトXでは「流線型車体の開発」、「高速走行を可能にする台車の開発」、「自動列車制御システム(ATC)の開発」などの苦労談を語っていますが、これらは、航空機の胴体設計、航空機の振動抑制対策、通信システムなど全て戦中の軍事技術の転用だそうです。
 なお、何かと話題の広告代理店「電通」は、解体された諜報機関が立ち上げたとされますが、いつか触れる機会もあるでしょう。また、富士川で連想する話しは、元武士の平家も優雅な暮らしと驕りからか貴族ボケして、水鳥が飛び立つ羽音に驚いて一戦も交えないで京都へ退散したとされますが、戦後70年、日本の発展を支えた侍も少なくなり、平和ボケした国民だけでは、当時の平家と似たようなものか・・・・・
■NHKプロジェクトX|第007回
執念が生んだ新幹線 老友90歳・飛行機が姿を変えた」(2000年05月09日放送)
  http://dai.ly/x5jxnyg

NHKプロジェクトX|第007回 「執念が生んだ新幹線 老友90歳・飛行機が姿を変えた...

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03、 国立市界隈のこと」カテゴリの記事

コメント

軍事技術の民生転用といえば、古くはナポレオン時代の軍用食が発祥の「缶詰」から、地雷探査ロボットの技術を応用した「掃除機ロボット」まで様々なものがあるが、実は「新幹線」こそ、最大の軍事技術の民生転用であり、車両や運行システムのみならず、実は路盤も既に戦時中東京から下関を経て大陸まで蒸気機関車で走らせる「弾丸列車」構想で用地買収が済まされており(新幹線の本来の英訳である「bullet train」はここから来ているが、もはや「Shinkansen」が英語になっている)、杉山社長には申し訳ないが、もし日本が(軍事的にも)戦争に勝っていたら、こうした軍の優秀な研究者、技術者が民間に流れず、電車による新幹線は誕生しなかったかもしれないところで、そろそろ実は新幹線の輸送旅客数と日本のGNP(現GDP)の年次推移を同じグラフ上に表すと奇妙なまでに波形が一致することから、新幹線無くして今日の経済大国日本はあり得なかったとも言われ、その新幹線を日本の象徴・富士山をバックに撮影できるポイントが杉山社長の郷里の近く、田子の浦付近にあり、多くの「撮り鉄」で賑わっていることにも言及頂きたいかと…。

投稿: | 2017年5月 8日 (月) 12時45分

ちなみに、
・東海道・山陽・九州新幹線…60Hz
・東北・北海道・秋田・山形・上越新幹線…50Hz
・北陸新幹線…50Hzと60Hzが混在。東京電力、東北電力管内は50Hz、中部電力、北陸電力管内は60Hz。技術の進歩で混在しても走行中に切替が可能になった。

投稿: | 2017年5月 8日 (月) 18時40分

大日建設(株)杉山
反則をせずに正々堂々と戦ったのに敗北した戦いを「勝負に勝って試合に負けた」と表現することがあります。表面的な勝負には負けたものの、争いが収まった後の世界に及ぼした影響、経済発展、国際貢献など大局的な視点から観察することも大切です。一方、原爆や空爆で民間人を大量虐殺して勝ったとするアメリカは、植民地のフィリピンには独立され、朝鮮戦争、ベトナム戦争に引き込まれ、中国は共産化し、今も北朝鮮の核の脅威に晒されていることからも、戦争目的は何一つ達成していません。その他の連合国も全ての植民地を奪還され、EU諸国の実態を見れば明らかです。
 決定的なことは、プロイセン(ドイツ)の将軍クラウゼヴィッツの「戦争論」に、「戦争に勝った敗けたかは、戦争目的を達成したかどうかによって決まる」とあり、日本の戦争目的とした、白人からの植民地支配されていた亜細亜の国々を、すでに戦争中に次々と独立させて、国民に軍事教練や武器を与えて、白人からの奪還に備えていることです。
1943年9月4日にフィリピン第二共和国がアメリカから独立、
1943年8月にビルマ国がイギリスから独立。
1943年10月にはインドネシアがオランダから独立
1945年 3月にベトナムがフランスから独立。
1947年にインドとパキスタンがイギリスから独立。
1948年にスリランカ(セイロン)がイギリスから独立。
1948年にビルマ連邦がイギリスから独立。
日本軍の中には大東亜解放の大義を信じて、終戦後も祖国に帰還せず、ベトナムやインドネシア独立戦争に身を投じた数千人の元日本兵もいたのです。特に、ベトナムでは約800人の日本兵が残留し、ベトナム独立戦争に参戦し戦死した日本兵は、その国の英雄として顕彰されています。このような方々をナゼ日本人自らが侵略者扱いするのでしょうか。

投稿: 大日建設(株)杉山 | 2017年5月 8日 (月) 19時49分

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