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2017年4月 3日 (月)

ライ病患者の隔離政策に想う

 日本は島国で皮膚色や顔だちが似ているなどから比較的差別が少ないのに、部下や後輩、病人などを含め、自分より弱い立場の人には差別する傾向が強いと思っています。特に多くの国民が、ライ病000tamazenshoen_map_2患者に植えつけた差別意識は簡単には消えないことを反省すべきと思います。
 最近、久々に東村山市の国立ハンセン病療養所「多磨全生園(ぜんしょうえん)」前の所沢街道を車で通行する機会がありました。この施設は1909(明治42)年に開設。当時は患者の逃亡防止から患者居住区の四方には深い堀があったそうです。城郭以外で堀を張り巡らせた施設は、吉原の遊郭かライ病患者を隔離したところ以外知りません。
  郷里の静岡県御殿場市神山には、「ハンセン病療養所」が二か所あります。
 「神山復生病院」は、1889年(明治22年)造られた日本最古のハンセン病療養所と知られ、また、近くの「国立駿河療養所0000000000451は戦後に造られた強制隔離施設と聞いています。現在の神山復生病院は、一般病院に模様替えされ数名の患者が今も生活し、国立駿河療養所でも60名前後の入所者が療養生活中だそうです。
 1943年、米国で特効薬プロミンが開発され、伝染力の弱い感染症として、且つ、確実に治る病気とされ、日本でも東京帝国大学医学部教授の故・石館守三博士がプロミンの合成に成功し、1950年代には注射から飲み薬にした「ダプソン」が開発されています。そして最近では、服用後、半年から1年で完治するようになったと聞きます。しかし隔離政策は、その後も継続されました。今回、「全生園」の前を車で通行しただけで何かを意識してしまうのは、一度潜在意識に植えつけられたものでしょう。ハンセン病には世間の噂や理解不足もあって、1996年(平成8年)らい予防法廃止までの期間、不条理な強制隔離政策を継続した失政が指摘されています。これには、政治家や医師、福祉関係者は勿論、国民からも積極的な廃止の声が無かったことを残念に思っています。
ハンセン病療養所を訪問=「差別と偏見解消に努める」-小池都知事Photo

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01、個人的に関心を持った話し」カテゴリの記事

コメント

「全生園」についてはその至近の所沢市に住む宮崎駿監督も言及しており、
http://blogos.com/article/158136/
実際、『もののけ姫』にも影響を与えたと言われているが、当時の医療技術ではその感染力について解明できず、致し方なかったとの説もありながら、その医療技術が発達した今日においても、科学的には根拠がないにもかかわらずいわゆる「放射能デマ」を撒き散らし、結果的に子供のいじめを助長した◯日新聞や、グルメ漫画にかこつけて「放射能鼻血ブー」デマを撒き散らした「左」の面々は糾弾されて然るべしといったところで、そろそろ今日は新年度に入って最初の営業日ということで各地で入社式が催され、御社でもフレッシュな新入社員を前に杉山社長が訓示されたと思われるが、今朝の朝刊各紙においてサントリー社が恒例の広告を出し、伊集院静氏が新社会人に贈る檄文を掲載しており(ちなみに伊集院氏は現在日経新聞紙上に『琥珀の夢』と題したサントリー創業者一代記を連載中)、かつてはこの檄文を我らが国立の山口瞳氏も執筆していたことにも言及頂きたいかと…。

投稿: | 2017年4月 3日 (月) 21時26分

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