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2017年3月19日 (日)

アジアを解放した日本に感謝する

 15世紀の大航海時代以降、アジア・アフリカ・アメリカ・オーストラリアなImage1_3どで平和に暮らしていた有色人種は、火縄銃を手にした欧米列強の白人国家から大量虐殺のうえ、土地を奪われ植民地や奴隷扱いをされていました。
 アジア地域も、日本やタイ以外は全て白人から支配され辱かしめを受け、発展も希望もない時代が数百年も続いていました。そして、最後に残った日本は唯一の「アジアの光」、「最後の砦」、「アジアの盟主」として期待されていたのですが、ABCD包囲網という経済封鎖を敷かれ、更に、最後通牒(ハル・ノート)を突きつけられ、「自滅か戦争か」というギリギリの状況下にありました。
 そこで、日本は「座して死を待つより、戦って死すべし」と決断し、アジアの有志と「大東亜共栄圏」、「東亜諸民族の解放」というスローガンを掲げて立ち上がったのですが、欧米列強も「植民地が解放されたら大変」、「小生意気な日本を打ち砕け!」とばかりに戦いの火蓋は切られました。ところが、日本軍は植民地を支配する白人の軍隊を次々と打ち破り、同時期に独立した国々は、インドネシアやベトナム、フィリピンなど七か国に上ったはずでPhoto_2す。更に、独立を維持・継続させるために国民の教育や軍隊の設立と指導、インフラの整備などに力を入れたのでした。勿論、数百年の植民地支配の名残りも強く、それまでの宗主国、オランダ・イギリス・フランス・アメリカなどに忠誠を誓う国民もありましたが、国家の存亡を懸けて戦った日本に対して、今では、特亜三国以外はどの国々もアジアを解放した日本に感謝するとの多くの声があります。
 ただアジア解放の戦いは、米軍による国際法違反の原爆や空爆で戦闘員以外の無辜の民の死者を多く出して、天皇陛下の英断で道半ばで中止されたのですが、戦後の長い期間、GHQによる東京裁51iiv5thuyl__sx350_bo1204203200__2判史観の「日本の侵略戦争」という刷り込み受けた政治家やマスコミ、作家、教育者などから、多くの国民も洗脳されてしまいました。しかし、最近の研究や機密文書「ヴェノナ文書」の公開等から、徐々に真相が明らかになりつつあります。
 ところが、まだまだ日本を貶めたい勢力は、1940年(昭和15年)締結の「日独伊三国同盟」は、大東亜戦争とヨーロッパ戦争を連動させて世界制覇を目指したなどと位置づけています。また、当時から共産党国家・ソ連の南進を恐れ、まずソ連打倒の北進論がありましたが、近衛内閣は昭和16年4月13日に「日ソ中立条約」を締結し、「南進論」の立場を明確にしています。この決定には、ソ連のスパイ、尾崎秀実やゾルゲらが工作して南進決定を促した事実が判明しています。
  これには当時、第一級の思想家で東京裁判でA級戦犯とされた大川周明は、予09389731てから大東亜共栄圏を主張していますので、これを知る尾崎やゾルゲらが「これ幸い・利用できる」と支持し、近衛内閣を工作したことも容易に推測されます。つまり百歩譲って、アジア解放は目的でない。ただの結果論だとしても、開戦を決断した東条首相や、アジア解放論の大川周明の期待通りにアジアは解放され、人種差別の廃止などを果たした日本は評価されるべきで、諸外国の指導者からの感謝の言葉を素直に受け止めるのが自然なことです。
 何も、日本人が無理に真実と結果を捻じ曲げて、貶める必要はないはずです。
 あの戦争では、白人も有色人種も甚大な被害がありましたが、結果的に植民地は全て解放され、人種差別の撤廃などに果たした日本の功績は極めて大きく人類史に永遠に残るはずで、父や祖父の世代が命を懸けて戦ったからこそ、今の日本が存続しており評価されるのであり、もし、日本まで植民地になり奴隷にされていたらと想像すれば、本来の日本人なら自ずと正解が見えてきます・・・Image5Image4 
【KSM】日本はアジア民族を解放し救い出すと言う人類最高の良い事をした
元アムステルダム市長 エドゥアルド・ヴァン・ティン
  https://youtu.be/Eas0BHG3ifc
■武田邦彦
★なぜ白人は日本人を滅ぼしたがるのか?日本の行った戦争に意味は無かったのか? #武田邦彦 #武田教授  
https://youtu.be/TbNU-6QWg7Y
■1943年(昭和18年)11月5日-6日に東京で開催されたアジア地域の首脳会議
大東亜戦争の大儀・アジア諸国の独立>・
大東亜会議・大東亜結集国民大会・東條首相演説   
https://youtu.be/YWu2KHQDWFQ
 

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コメント

 そもそも何故このような「自虐史観」が定着してしまったのかといえばそれは取りも直さず「教育」によるものであり、かつての「侵略」を「進出」に変えたら周辺諸国から抗議された「教科書問題」はもとより、学校教員や大学教授には左傾化した思想が蔓延し、朝◯新聞を購読するものだから、同新聞の入試への出題率が高くなり、自ずと受験生が洗脳されてくるところで、
 そろそろ歴史教科書で没後につけられた呼称だからと言って「聖徳太子」を「厩戸王」にしようとしたところ、現場が混乱するとのことでやはり「聖徳太子」に戻すことになったらしいが、だいたい天皇名はすべて崩御後につけられたものであるし、それで言ったら「藩」や「幕府」も後世につけられた名称であり、こうしないと「脱藩」や「幕末」「倒幕」といった言葉が使えなくなってしまうどころか、じゃあ江戸時代の幕藩体制は「徳川家軍事政権による連邦制国家」とでも言えというのかといったことにも言及頂きたいかと…。

投稿: | 2017年3月20日 (月) 20時35分

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