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2017年2月18日 (土)

駅の発車メロディに信時さんの曲

 JR東日本は国分寺市や地域の強い要望で、3月4日から国分寺駅の発車メImage5ロディを「電車ごっこ」、西国分寺駅は「一番星みつけた」と「国分寺市の歌」に変更するそうです。
 「電車ごっこ」と「一番星みつけた」は、国分寺市本多4丁目15に40年以上在住していた作曲家・信時潔(1887~1965)による作曲です。信時(のぶとき)潔さんと言えば、日本中700個所もの校歌の作曲もそうですが、かつて「第二国歌」と言われ「君が代」より広く歌われた「海ゆかば」の作曲で知られています。「海ゆかば 水づく屍 山ゆかば 草むすかばね 大君のへにこそ死なめ かへりみはせじ」という歌詞は、万葉集にある大伴家持の歌から選ばれたそうですが、「屍になっても守りきる」と天皇陛下への強烈な忠誠を誓った歌とされます。しかし戦後育ちの国民には、水づく屍死なめの歌詞に違和感を覚える人も多いようです。ただ、
 米国の「彼等の邪悪な足跡は彼等自らの血で贖われた」、
 仏国の「我らに向かって、暴君の血塗られた軍旗が掲げられた」、
 英国の「敵を蹴散らし、潰走させろ」
 などの過激な歌詞と比較すると、日本の歌には「自分がいかに死んで貢献するか」とする内容が多く、この曲からは国を守る決意と誇りが伝わり、自然と涙が溢れ力が漲ることを覚えます。戦後は「国民を鼓舞し軍国主義を賛美した」として、卑劣にもGHQは信時さんを戦犯とし「海ゆかば」も50年以上も封印されていました。しかし今回、駅の発車メロディに使われたり、多くの学校でも信時さん作曲の校歌を誇りに思う風潮となり、ようやく信時さんも「海ゆかば」も名誉回復された印象です。
 最近、「海ゆかば」を再び第二国歌にしようとする動きがあるそうですが、儀式の始まりは「君が代」で、終りに「海ゆかば」を使ったらとも思います。試みに、国立市内の駅や役所などで流したら、市民がどんな反応を示すのか見てみたいものです。
海ゆかば (Umi Yukaba) ~If I go away to the sea~ Japanese military song    https://youtu.be/C2-vYrMd4kY    

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03、 国立市界隈のこと」カテゴリの記事

コメント

信時氏は日立製作所の社歌、慶應義塾の塾歌の作曲も手がけられた他、国立市内でも桐朋中学校・高等学校の校歌を作曲されており、
http://www.toho.ed.jp/schoollife/schoolsong.html
幼少より賛美歌を聴いて育ったと言われ、曲調にもそれが表れていると思われるが、こと「海ゆかば」(信時氏は「海行かば」ではなく「海ゆかば」と記載)に関しては、NHKからの嘱託で作曲したとは言え、戦時中は玉砕を報じる大本営発表の冒頭で流された他、学徒出陣の際にもこの曲で多くの学生が戦場に送られた(いわゆる「最後の早慶戦」で球場に自発的に観客からこの曲が湧き上がったことは有名)ことを信時氏は悔やんだと言われているところで、そろそろこうなると我らが国立駅の発メロも地元所縁の曲をという声が上がることが予想されるが、最有力候補はやはり忌野清志郎氏であろうと思われることにも言及頂きたいかと…。

投稿: | 2017年2月18日 (土) 16時51分

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