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2017年1月 6日 (金)

キリシタン大名は奴隷貿易商

 今も絶えない世界の紛争の殆どは、欧米先進国の思想や宗教などの価値観の押しつけ、00002015021421562836d_2領土拡大、資源権益の確保と言われ、その先兵となる宣教師は宗教の衣を被ったスパイと言われています。日本の歴史教科書などでは、豊臣秀吉や徳川家康(江戸幕府)が「キリスト教徒を」「踏み絵をさせた」など宗教弾圧をしたと教えていますが、単に布教に来ただけの宣教師や信者を理由もなく弾圧するはずがありません。
 弱肉強食の戦国の世にあって、豊後国の大友宗麟、肥後宇土の小西行長、大阪高槻城の高山右近らに代表されるキリシタン大名を、高い倫理観の持ち主でロマンある人物かのように、歴史小説やドラマなどの多くが美化して伝えています。しかし、当時の宣教師は、まず大名に南蛮(ポルトガル)貿易による利益が大きいことを取引にして入信させてから、家臣や領民を改宗させる手法をとり、日本では入手困難な火薬の材料、硝石、武器などの密輸を行う一方で、日本人女性らの大規模な奴隷輸出で暴利を貪っていたそうです。00000048858911_2
 15世紀当時、西欧の白人国家では、スペインとポルトガルが二大列強として世界を二分し、植民地政策が始まっていました。アジアでは、ポルトガルはインドやマカオを、またスペインはフィリピンを一早く植民地にして、更に植民地拡大の野望から、まず宣教師を密入国させて布教+スパイ活動を行いつつ、虎視眈々と日本侵略を企てていました。
 ところが、秀吉が九州の島津征伐のおり、長崎のキリシタン大名・大村純忠の領内で、キリスタンによる神社・仏閣の破壊や多くの日本娘らを奴隷として世界中に売却するなどの商売をしていたことを知り愕然とし、バテレン追放令を発令、宣教師の国外追放を令じ長崎を没収したのでした。また徳川幕府は、1637年(寛永14)の「島原Image2の乱」を12万の大軍をもって鎮圧してキリシタン王国の夢を断ち切っています。
 これらキリシタン大名によって50万人以上の日本娘を家畜のように世界中に売却したという記録もあります。何もアフリカの黒人だけが奴隷にされたのではなかったのです。この悲惨な歴史を、まるで宣教師や信者が被害者のような教え方をしているのが日本です。それに、秀吉や家康が禁教という強気の対応をしたことや、アッいう間に火縄銃を大量に造る高い能力を恐れたことが、日本が植民地にされなかった大きな理由とみられています。 

Photo
 徳富蘇峰の『近世日本国民史 豊臣氏時代.乙篇』に、レオン・パゼーが著した『日本耶蘇教史』の付録に載せた文書が引用されています。この文章は、国立国会図書館の『近代デジタルライブラリー』で公開されています。
 「ポルトガル人の商人はもちろん、その水夫、厨奴らの賎しき者までも、日本人を奴隷として買収し、携え去った。而してImage3その奴隷の多くは、船中にて死した。そは彼らを無暗に積み重ね、極めて混濁なる裡(うち)に籠居(ろうきょ)せしめ。而してその持ち主らが一たび病に罹(かか)るや――持ち主の中には、ポルトガル人に使役せらるる黒奴(こくど:黒人奴隷)も少なくなかった――これらの奴隷には、一切頓着なく、口を糊する食糧さえも、与えざることがしばしばあったためである。この水夫らは、彼らが買収したる日本の少女と、放蕩の生活をなし、人前にてその醜悪の行いを逞しうして、あえて憚(はばか)るところなく、そのマカオ帰港の船中には、少女らを自個の船室に連れ込む者さえあった。予は今ここにポルトガル人らが、異教国におけるその小男、小女を増殖――私生児濫造――したる、放恣、狂蕩の行動と、これがために異教徒をして、呆然たらしめたることを説くを、見合わすべし。」
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/960830/214

南蛮貿易と日本人奴隷 〜日本人女性50人で火薬1樽〜
【CGS ねずさん 日本の歴史 7-1】
 https://youtu.be/RS5Io8aQfWw.

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01、個人的に関心を持った話し」カテゴリの記事

コメント

たとえ秀吉や家康がキリスト教を禁教にしても、スペインやポルトガルがその強大な軍事力を以って実力行使すれば日本の植民地化は可能であり、現にスペインは無敵艦隊を有している上に(伊達政宗の家臣・支倉常長がこれを呼び寄せて徳川幕府を倒そうとした)、中南米の植民地は軍事力で奪取しているのだから、キリスト教を禁教にしたことを直ちに日本を植民地化から救った直接的な理由とするには疑問を呈するが、にもかかわらず彼らが軍事力を行使しなかった(というより、できなかった)のは、秀吉政権が確立した頃の1588年に行われた「アルマダの海戦」でスペインの無敵艦隊がイギリスに敗北し、彼らの軍事力が低下したからであって、その後に覇権を握ったイギリスの関心は専ら北米大陸の方にあり、いわゆる三角貿易で大儲けしたことはよく知られるところで、そろそろそのイギリスのピルグリムファーザーズが「メイフラワー号」で北米に渡ったのは徳川政権確立後の1620年であり、船名となったメイフラワーはカナダなどでも見られるイワナシ属の花であり、小説『赤毛のアン』中にも出てくるが、村岡花子はこれを「サンザシ」と訳したものの、実際には別の花であることにも言及頂きたいかと…。

投稿: | 2017年1月 6日 (金) 12時50分

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