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2016年12月18日 (日)

国立駅前の「国旗掲揚塔」に想う

 JR国立駅南口ロータリーには、「国立文教地区」の看板に並んで「国旗掲揚塔」が設置されていることをご存じでしょうか。この辺りを通るたびに、この掲揚塔が整備されて日の丸がはためくことを想像することがあります。  Kunitachii_4001
 国立市は、「東の国立、西の広島」と形容されるほどイデオロギーImage2色が強く反映された街と知られていますが、かつては、駅前に国旗掲揚塔が造られ、日の丸を掲げるほど愛国心の強い住民が住む街だったのです。これが「東の国立」などと形容されるようになったのは、いつ頃からなのでしょうか。
 昭和20年8月15日、日本は敗戦すると、早速、隣町の立川基地に米軍が進駐。その年の10月には立川駅北口に、米兵相手の「立川パラダイス」が開業しています。 ところが、昭和25年6月、朝鮮戦争が勃発すると立川米軍基地には多数の米兵が進駐し、立川市は更に活気づき、立川駅南北には米兵相手の遊郭が形成され、街角にはパンパンと呼ばれた売春婦の姿も目立っていました。しかし、その風紀の乱れは、羽衣町や国立地区にも米兵相手の飲食店やホテル経営者が現れるなどの影響が及んでいたのです。
 そのとき、国立地区のインテリ層を中心とした住民たちの自治組織「国立会」を中心として猛反対がおこりました。同時期の昭和26年には、国立地区の強い意見から「谷保村」を「国立町」と変更。更に昭和27年2月1日「文教地区」指定を達成され、この地区ではバー・キャバレー・パチンコ店などの風俗営業は禁止されたのでした。
 この文教地区指定は、インテリ層中心の街として一層拍車がかかったのでした。
 また昭和29年には、戦後、新聞協会が復員してきた記者ら家族に分譲した東三丁目の通称「プレスタウン」辺りImage4が、マスコミ関係者の強い要望で府中市から国立町に編入されたことはが、世間に知られる国立らしさが一層強まったはずであり、発信力など正に鬼に金棒の街が形成されたのでした。
 近年も、上原~関口市長と二代に亘り革新市政特有の「決められない市政」が続いていましたが、佐藤一夫市長によって、市民の負託を受けた代表として「決める市政」への脱却が評価されています。その佐藤市長は先般道半ばで斃れ、その遺志を引き継ぐとして、永見理夫(ながみかずお)副市長(67)が市長選に出馬していますので保守市政は続くと期待されています。
 そして、いつの日か国立駅前の「国旗掲揚塔」に、祝日や市のお祝い日などでは、日の丸が当然のように掲揚される国家、また国立に戻る日を夢見ています。きっと、旧駅舎を復活させるより、極めて安価な予算で全国的な話題になるはずです。
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03、 国立市界隈のこと」カテゴリの記事

コメント

国旗掲揚塔については宇垣一成氏という「軍人」や「皇紀2600年」といったものが関わっているため、露骨にそこに国旗を掲揚することは今となってはある種の「誤解」を招きかねず面倒なことになるから市としては行わないのだろうが、解決策がないわけではなく、隣にもう一本ポールを建ててそこに「市旗」も同時に掲揚すれば良いわけであり、御社のような民間企業でも国旗と社旗の同時掲揚は普通に行なっているだろうからイデオロギー云々を言われる筋合いはないはずであり、国立市も文教地区とはいえ地区指定から外れた谷保駅近辺や御社のある北地区にも普通にパチンコ屋があり、さらに立川市羽衣町周辺にはいわゆる「赤線」地帯があり、電柱などに「羽衣新天地」の表示などその名残が見られるところで、そろそろ今日・12月18日は国立市長選挙が告示となったが、国立市長がかつての革新系から現在の保守系に推移した経緯は御社のような建設・不動産業界にも関わるものであり、すなわちかつては市内の住民構成が富士見台などの団地住民を中心にしたもので、革新系が強かったものの、その後はそれら住民が高齢化し数も減り、代わって中心になってきたのが高級マンションや戸建て住宅などの住民であり、彼らは保守系を指向することから市長、議会構成共に保守系に入れ替わり、特に最近市内に転入してきた層は明和マンションの後出しジャンケン条例や、各都道府県の旅券課等に貼り出された国立市と矢祭町が住基ネットを通じた手続きができない旨の告知についてもよく知っており、そんな自分達の居所を脅かすような条例を定めたり、自分達の市を全国の恥さらしにしたりするような候補者に票を投じたりしない(故にこの問題は今回の市長選でもうやむやにできない)ことにも言及頂きたいかと…。

投稿: | 2016年12月18日 (日) 20時35分

駅前に日の丸掲揚されてたんですね。あそこはいつも自民党が演説に使っていたのでしか知りませんでした。
多分革新系が強かったのは今も続く、「田中角栄アレルギー」「箱物アレルギーではなかろうかと」思う。
そしてまた市政が失敗したら、二度とこの人に入れないという住民も数多くいることはぬぐえきれないかと。

投稿: きりっ | 2016年12月18日 (日) 22時44分

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