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2016年10月27日 (木)

「フィリピン建国の父」と日本の交流

 「フィリピン建国の父」と慕われるホセ・リサール (1861~1896)氏の銅像Imageが日比谷公園に日比谷通りを背に建立されています。目標は丸の内警察署・日比谷公園前交番の裏手方向です。
 来日中のドゥテルテ大統領(71)は、「日本はフィリピンへの最大の貢献者であり、日本の人々に感謝する」と述べていますが、フィリピンの独立に貢献したホセ・リサール を知らないはずはありません。ホセ・リサールはスペ0001pesobインの植民地の下でフィリピン独立に立ち上がった英雄ですが、宗主国スペイン軍に反逆罪に問われ志半ばの1896 (明治29)年12月30日36歳で銃殺されました。今では、マニラ市内の同氏が処刑された場所は「リサール公園」として整備され、処刑日の12月30日は「リサール記念日」として祝日に指定され、フィリピンの国父 として追悼儀式が行われるそう00006_img6です。更に、フィリピン各地にはリサールの像が建立されているほか、切手や紙幣、コインの肖像に同氏が採用されています。日比谷公園に同氏の銅像があるのは、ホセ・リサールの曽祖父が日本からの移民で現地女性との末裔にあたるということや、1888(明治21)の2月に日本に40日以上も日比谷公園近くに滞在しており、この時におせいさん(臼井勢似子)と恋仲になったことなどがあるそうです。
 太平洋戦争で日本は、1942年に米軍をフィリピンから追い出すと翌年にフィ00002zlリピンを独立させています。しかし1945年の日本敗戦に伴い、再び米国の植民地に戻っていますが、1946年7月にようやく米国からも独立が認められました。ただ、フィリピン人も有色人種として、欧米諸国から悲惨な植民地支配を受けた思いが強く、太平洋戦争は欧米の植民地支配に対して、日本が国の存亡をかけた植民地解放の戦いだったという見方が形成されています。その証に神風特攻隊が最初に飛んだフィリピンのパンパンガ州マバラカットなど3カ所の飛行場跡地は、特攻隊を英雄として讃える公園が造られ、それぞれで「神風特別攻撃隊慰霊祭」が開かれるなど親20161027image1日度を増しています。
 来日中のドゥテルテ大統領は、日比谷公園にほど近い「パレスホテル東京」に宿泊していますが、ホセ・リサール氏のことや、日本が比国独立に貢献したことを評価しているはずです。また、22年間もダバオ市長だったことから、戦前のダバオ市は紙幣の原料に使用した「マニラ麻」の栽培などで2万人以上の日本人が居住し、今も二世・三世が多く生活していることもご存じのはずです。同大統領は“Good-bye my friend”と、かつての宗主国・米国離れを見せつつも、日本に対しては友好的に振る舞っています。昨日26日夕には、 安倍晋三首相はドゥテルテ大統領と会談が行われ、大統領は「南シナ海で紛争があれば、平和裏に解決するという価値観を基に緊密に協力する」、「私は日本側に立つつもりだ」と語ったそうです。この柔軟或いはしたたかに、近隣諸国を「両天秤」にかけた巧みな外交に日本は翻弄されないことですが・・・・

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01、個人的に関心を持った話し」カテゴリの記事

コメント

フィリピンと日本との交流は秀吉の時代から見られ、当時のスペイン総督に入貢を促したりしているが、やはりこの時代の日比関係を語る上で欠かせないのはキリシタン大名・高山右近の存在であり、バテレン追放令を出した秀吉が彼を棄教させるべく利休に説得させるも頑なにそれに応じず、ついには家康によりキリシタンが国外追放になると大名の地位もかなぐり捨ててマニラの地に渡り、総督の歓迎を受けるも程なく病死、その信仰を貫いたことを殉教者として昨年、ローマ教皇庁へ彼を福者とするよう申請され、来年大阪で彼の列福式が行われるところで、そろそろ昨日石巻市の大川小を巡る裁判の判決が出て、行政側に損害賠償が求められたが、争点となった「津波の来襲を予見できたか」については予見したからこそ避難行動を取ったのであり、予見しなければそもそも避難の必要はなく現実の行動と矛盾することになるから争点化そのものに無理があるのではと思われ、やはり三陸地域には昔から「津波てんでんこ」の言い伝えがあり、津波が来たら肉親にも構わずとにかく高台へと逃げるのが肝要かと思われることにも言及頂きたいかと…。

投稿: | 2016年10月27日 (木) 12時50分

横浜で87歳が運転する軽トラックが集団登校する小学生の列に突っ込んだ事故についても言及頂きたいかと…。

投稿: | 2016年10月29日 (土) 12時08分

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