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2016年10月 5日 (水)

奈良は古代ペルシャと強い関係?

 今のイラク南部からクウェート辺りは、昔「メソポタミア」と呼2016105_image1_2ばれ、世界最古のメソポタミア文明が栄えた地ですが、東西交通の要衝として重要な地域であることからか、幾多の古代国家が入れ代わって支配し、紀元前6世紀頃には「ペルシア帝国」の一部となってしまいました。しかし、7世紀以降は急速にイスラム化し、大イスラム王朝の一部となり、ペルシア文明は一見断ち切られてしまいました。
 ところが、ペルシア文化は今でも宗教や芸術で世界に広がっており、日本にもシルクロードを通って、奈良の正倉院に古代ペルシア製の宝物 が納められているなど、ガラスや銀製品に強い影響を受けています。現代社会でも、ペルシア絨毯やペルシャ猫、工芸品などがエキゾチックな魅力を伝えています。また、昭和30年代、黒柳徹子主演の「魔法のじゅうたん」もペルシア文明を強く感じさせていました。
  さて、奈良市の平城宮跡から出土した8世紀中頃の木簡に、ペルシャを意味する「破斯(はし)」という名字を持つ役人の名前が書かれていたことが、今日の読売新聞に掲載されました。平城宮跡の発掘調査で出土していた木簡は、文字が薄く肉眼では一部が判読不能でしたが、今年8月、赤外線撮影をした結果、役人を養成する「大学寮」でのペルシャ人役人の宿直に関する勤務記録で、「破斯」という名字を持つ「破斯清通」という人名と、「天平神護元年(765年)」という年号が判明したそうです。
 なお、ペルシアの語源は、騎馬者を意味する「ペルシス 」だそうですし、イラン辺りの文明は、メソポタミア文明やペルシャ文明を引き継いだもので、仏教も実際はインドではなく「仏教西アジア(メソポタミ ア)」起源説が有力とされますから、東大寺に大仏が745年着工(完成まで約40年)された当時、奈良の古都平城京にペルシャの役人が勤めていても何ら不思議ではないのか・・・・・
http://mik2005.jp/shosoin/kids/shosoin.html000shosoin_photo03

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コメント

奈良に古代ペルシアの遺物があっても何ら不思議はなく、法隆寺の柱が古代ローマ建築の影響を受けていることなどは小学校の社会科の教科書にも出ており、先日も沖縄の城跡からローマコインが出土したことが話題になっていたが、さすがに聖徳太子の出生(厩戸皇子)がキリスト教の影響を受けているとか、スサノオノミコトの語源がペルシアの王都スーサに由来するといった説には疑問を感じずにはいられないところで、そろそろ疑問を感じずにはいられないといえば、自民党にも「二重国籍」国会議員がいることがわかり、自らの戸籍謄本(抄本ではない)を公開して日本国籍選択を立証した一方で、某党代表についてはそういったことをせず、選挙戦出馬時から二重国籍であることを隠していた疑いが強いが、もしこれで自民党のその議員が二重国籍の科で議員辞職したりすると、某党代表としては完全に詰んでしまうことにも言及頂きたいかと…。

投稿: | 2016年10月 5日 (水) 12時45分

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