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2016年7月 8日 (金)

国歌は声を出して歌って欲しい。

  私も祝日には国旗は掲げても、最近では君が代を歌う機会が殆どなImage1いことに気付き、反省とともに残念に思っているところです。また、我が社は官庁等公務施設の仕事もありますので、執務開始の午前8時半に国旗を掲揚し君が代を流している公務所があることを知っています。これが徹底しているのは、知る限り警察、消防、自衛隊など労働組合がない所くらいではないでしょうか。建設業務であっても、このような施設で仕事をすることは、ほどよい緊張感が気持ちを引き締めるのです。
 さて、7月3日のリオ五輪の代表選手団の壮行会では、「国歌斉唱」でなく「国歌独唱」とアナウンスされたので選手が歌わなかったことが話題になっています。ところが、日本オリンピック委員会(JOC)の「日本代表選手団としての行動規範」には、結団式やメダルセレモニーなどの公式行事では「脱帽し、姿勢を正し、日の丸を直視し君が代を斉唱すること」と規定されているそうです。森会長は「事前の案内には斉唱と書かれていた」とし、「なぜ規範があるのにやらないのか。独唱に変わったのか。非常に疑問に思った」と述べています。森会長が苦言を呈したのは、一見選手達に見えましたが、実は企画したJOCに対してだと思います。五輪選手もJOCも日本代表として「国を背負う覚悟」を自覚しているなら、国旗・国歌に敬意を払うことは社会の常識のはずです。特に、テレビも入った壮行会ですから、ケチが入らないようシッカリ準備して厳粛さを演出して欲しいものです。
 なお、森会長が語った「国歌歌えない選手、日本代表じゃない」は名言ですが、森会長も選手が声を出していないことに気が付いたなら、直ぐにも、自ら選手らに聞こえるような大きな声で君が代を歌って注意喚起すれば、きっと選手や会場の参列者らも、それに釣られて声を出したはずです。
「国歌歌えない選手、日本代表じゃない」森喜朗氏

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01、個人的に関心を持った話し」カテゴリの記事

コメント

そもそも「さざれ石(細かな石、小石)」が「いわお(巌、岩石)」になるとは、小さな石でもたくさん集まり長い年月雨風にさらされれば、やがて石から炭酸カルシウムなどが染み出して石同士がお互いに凝結し、ついには巨大な岩石になってゆく様を言っているのであり、そのことから「小さな力でも多く結集すれば大きな力になる」「(イチロー選手の名言通り)小さなことでも長い年月積み重ねてゆけば、やがて大きな成果となる」と、まさにオリンピックの趣旨と合致しているではないかといったところで、そろそろ今日、7月8日は1853年に浦賀の沖にペリーが現れ(嘉永6年6月3日)、1864年には池田屋事件の起きた日(元治元年6月5日)であるが、新撰組と国立とは決して無縁ではなく、例えば副長の土方歳三の生家などは日野バイパスで石田大橋を渡った対岸の日野市石田にあり、現在は子孫の方が資料館を営んでいるが、
http://www.hijikata-toshizo.jp/
その土方歳三が書を学びに来たのが他ならぬ谷保村・現在の国立市にある「本田覚庵」邸であり、局長の近藤勇(生家は調布飛行場の北側)も出入りしていたことにも言及頂きたいかと…。

投稿: | 2016年7月 8日 (金) 10時05分

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