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2016年5月24日 (火)

国立市で発見された龍馬の手紙

 一昨年のことであり、些か旧聞に属する話しですが、坂本龍馬の直筆のImage6紙が、NHKのロケ中に国立市の一般家庭で偶然見つかったことが話題になっていました。
 その手紙は、お笑いのバイきんぐがNHKの「突撃!アッとホーム」のロケ中、主婦に街頭インタビューしたことがキッカケで発掘されたもので、20~30年前に当時1000円で古美術商から購入し、自宅に保管していたとのこと。手紙は、坂本龍馬が暗殺される直前、土佐藩参政の後藤象二郎に宛てた書簡の草稿とみられる文書で、大政奉還後の新政府の財政担当者として福井藩士の三岡八郎(後の由利公正(ゆり・きみまさ))を推している内容で「一級品の史料」として現在は高知県立坂本龍馬記念館で保管されているようです。Image7
 手紙にある福井藩士「三岡八郎」とは、後の由利公正のことで、明治4年(1871年)には廃藩置県後の初の東京府知事に就任しています。知事時代の功績として、東京の防火対策として銀座にレンガ造りの建築物を建てる政策を推進したことで、銀座大通り(中央区銀座1-11)に業績を称える石碑が建っています。
 なお、福井藩には悲運の志士と言われ、「稚心を去れ」などと15歳で『啓発録』をまとめた橋本佐内がいますが由利公正の同僚だそうです。また、龍馬は西郷・木戸会談を企画し「薩長連合」を成立させたり、日本の将来の政治体制として「船中八策」をまとめていますが、その下地として、人の才能を見抜く眼と人を受け入れる器量が備わった人物だったのでしょう。我々都民も次期都知事を選ぶときは、学歴とか見た目に左右されずに確かな人物を見抜きたいものです。
福井藩の財政再建を手がけた由利公正
  http://rekishi.dogaclip.com/2015/07/post-006a.html
龍馬直筆の手紙草稿 福井藩士と面会を報告
https://youtu.be/N985zST6LTE

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03、 国立市界隈のこと」カテゴリの記事

コメント

龍馬と三岡とが夜更けまで語り合ったという福井城下の莨(たばこ)屋旅館はその後火災で焼失し今は跡地が仕出し弁当屋になっており、三岡こと後の由利公正が銀座を煉瓦街にしたのも銀座大火がきっかけである旨、建築史家の藤森照信氏の著書に記されていると思われるが、この藤森氏は大学時代はオフコースの小田和正氏と同期といわれ、現在は国分寺市内に自ら設計したタンポポ・ハウスなる家にお住まいと伺っているところで、そろそろ上杉鷹山より「してみせて 言って聞かせて させてみる」の訓を「男の修行」として取り入れた山本五十六氏も愛した海軍料亭「小松」が先日火災で全焼し、昨日は昨日で国立さくら病院に消防車が集結していたとも聞くので、如何なる名建築も思い出を育みし家も灰燼に帰してしまう火災には十分ご注意頂きたいかと…。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 09時45分

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