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2016年3月20日 (日)

米軍が比国に「私は帰ってきた」

 南シナ海では中国の軍事的な活動が活発ですが、今回「フィリピンの5基地を米軍が共同使用で合意」されました。その5基地とは、パラワン島のオイスター(ウルガン)湾の基地と、ルソン島0000018mai0004viewサンミゲル基地、クラーク基地などで、米軍が20数年ぶりに戻って来るそうです。
 このことは、1942年3月31日、日本軍の猛攻で、「アイ・シャル・リターン私は必ず帰ってくる)」との言葉を残して、コレヒドール島を撤退したダクラス・マッカーサーが2年半後の1944年10月20日、米軍を指揮したマッカーサーがレイテ島へ上陸し、「私は帰ってきた(I came home)」と第一声を発したことを彷彿させます。そして当時のフィリピンに米軍が戻ったことは、日本にとって本土と南方戦線のシーレーン(海上交通路)が遮断されたことであり、戦争はそのまま敗北に直結したと言われています。
  そして、その米軍がフィリピンから撤退したのは、1991年6月にルソン島西側にあるピナトゥボ山が噴火し、クラーク空軍基地が使用不可能になったことが発端でした。しかし、1992年に米軍が完全撤退すると、直ぐにも中国は南シナ海で領有権を主張し支配を強めた経緯がありました。
 この1991年当時のフィリピンは「反米一色」で、国民は「米軍基地の撤収はフィリピンの真の独立の第一歩」と叫び、米軍基地の存続を図る米比友好安全保障条約の批准を拒否し、米国の軍事的属国状態からの脱却であったと言われています。
 これは、日本の置かれた現状、特に米軍基地反対を叫ぶ沖縄と似た状況と見られています。つまり、フィリピンは自分達で米軍追い出しておいて、中国共産党が侵略してきたら怖くなって再度米軍に頼るという身勝手さも批判されていますが、紆余曲折があったにしても常駐の方針が決定したことは、日本の安全保障にとっても幸いなはずです。きっと、南シナ海・南沙諸島周辺のシーレーンの確保や、沖縄の基地負担も軽減される可能性があるはずです。

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コメント

 仮に駐留米軍が日本から撤退したとして米国が最も恐れているのは日本が自力で核武装することで、既にそれを可能にする原子力技術、ロケット技術はおろかプルトニウムまで保有しているところで、東京の桜の開花予想日が明日なので大学通り、さくら通りの桜もそろそろ咲き始める点にも言及頂きたいかと…。
【大日建設(株)杉山】
 「核兵器は使えば必ず報復される、だから使わない。いや使えない」とされる人類の最終兵器と言われています。それなのに、この「禁断の兵器」を日本に二発も使ったのは米国でした。
 今や日本の原子力やロケット技術は高く、更にプルトニウムまで保有し、その気なら半年もあれば核武装は可能と語る軍事評論家がいました。とは言え、当面は日本に対する米国の国策を信頼し、現状維持が得策でしょうが、将来、日本を軽視する大統領や中国系や朝鮮系大統領が誕生した場合に備える必要もありそうです。

投稿: | 2016年3月20日 (日) 11時05分

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