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2016年2月26日 (金)

悲惨過ぎます「老々介護」の結末

 埼玉県小川町の国崎誠一さんが断食で死を選ぶとは覚悟のほどが00000563伝わります。
 まず、天保11年(1840年)の「三方領知替え(天保義民事件)」に振れますが、これに庄内藩の領民が百姓一揆で幕府に抗議しました。当時の江戸町奉行は矢部定謙(やべさだのり)」駿河守でしたが、一揆の首謀者・佐藤藤佐(とうすけ)翁は取り調べで、三方国替えの間違いを訥々と説明したところ、矢部奉行は訴えの誠実さに感激し百姓らに有利な裁決を下したのでした。当然、幕府の意に反したとして、天保13年(1842年)矢部奉行は、伊勢桑名藩松平家に幽閉中、断食で抗議しつつ命Image4を絶ったのでした。
  前置きが長くなりましたが、矢部駿河守が、断食で命を絶ったことに「断食だけで絶命出来るのか」と疑問を持ったことがありました。ところが最近、見事に実証されたというか、本懐を遂げられた方がおりました。
 埼玉県比企郡小川町腰越の国崎誠一(83)さんです。
 国崎さんは自宅で介護中の妻(77)を首を刃物で刺して殺害し、今月8日に殺人容疑で逮捕されましたが、その後約2週間にわたり食事をとらず、搬送先の病院で死亡しました。国崎さんは逮捕時に「認知症の妻の介護に疲れた」と話しただけで、取り調べにも応じていなかったといいます。
 老々介護の現場では、この様な悲惨なケースが多くなると予感しています。
 国崎誠一さんはどんな人柄や経歴で、どんな家族構成かも気になりました。
 また、断食中何を思っていたのか。それは、介護行政に対する抗議か、近い親族らへの批判か、自身の身の上への無念の思いでしょうか。いずれにしても日本人らしい最期であり、幽閉中に死を遂げた矢部駿河守に通じるものがあります。合掌            
 なお、一揆の首謀者とされた山形県遊佐郷の佐藤藤佐は順天堂大学の創始者「佐藤泰然」の父親であり、また矢部駿河守は山形県遊佐町の「莊照居成神社」で神として祀られ、今も街を見守っているそうです。このことは藤沢周平の『義民が駆ける』で紹介しています。これに倣えば、国崎誠一さんの死を懸けた無言の訴えから、介護の現場でも何かが変わって欲しいと願わずにいられません。

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