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2016年2月15日 (月)

「坂東武士」は高句麗軍の末裔?

 NHK「司馬遼太郎思索紀行 この国のかたち “武士”700年の遺000000000015」は坂東武士が主役でした。「坂東武士 」は、半島の高句麗から渡来してきた軍団の末裔と言われています。
 高句麗は、6世紀末に唐・新羅=エベンキ族の連合軍によって滅ぼされると、高句麗軍の一部は日本に逃れ、東北や関東地方に移り住み、縄文人と混じり合ったと言われています。戦いに敗れた高句麗からは、男だけが日本に逃げ込んで来たため、徐々に縄文人の中に溶け込んで、その末裔が「坂東武士」と呼ばれるようになったのでしょうか・・・きっと、これが韓国でサムライは韓国が発祥とする根拠のはずです。
 しかし、朝鮮半島や中国は焚書坑儒(ふんしょこうじゅ)の国で、新しい支配者は前の支配体制を全て否定して、自らの支配の正統化するために、もちろん男は全て抹殺して、現地の女性と混じり合って国を治めて来たそうです。つまり、今の韓国人の多くは、高句麗・百済を滅ぼした「○○キ」や「ワ○族 」の末裔000000ie3であり、そして「坂東武士」は高句麗の末裔であることを知れば、韓国の主張も理解できます。当然ですが、今の韓国人の多くは「エ○○キ族」や「ワ○族」の末裔として民族は入れ替わったのです。韓国ソウル大医大教授も「韓国人は北方モンゴロイドのエベンキ族と南方原住民の血が混ざって形成された民族」との説を主張しています。
 さて、「司馬遼太郎思索紀行 この国のかたち 第2集 “武士”700年の遺産」も第1集に続いて興味深く視聴しました。第2集のキーワード(日本人の特性)は、鎌倉時代の武士に育まれた私利私欲を恥とする名こそ惜しけれの精神でした。もし、この崇高な精神が高句麗から伝わったとして、且つ、朝鮮半島に“名こそ惜しけれ”の精神のかけらでも残っていたなら・・・・ いずれにしても「坂東武士」の誕生も、日本に入った物や制度などが日本という島国で徐々に改善・醸成・発展した如く、人間もその例と思っています。出来れば、NHKや司馬氏には、そこまで突っ込んで欲しかったものです。そして、日本の歴史は武士ではなく天皇の歴史であることに気付いて欲しものです。

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