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2015年10月15日 (木)

京都「大覚寺」で無知を自覚する。

このようなブログは、どうしても知ったかぶりになりがちですが、先日の京都の旅は、いかに「無知」であるかを自覚した旅でもありました。ソクラテスは、無知を自覚することが真理に至る道であると「無知の知」を説きますが、そんな高尚なことではありません。単なる、「無知の自覚」というか「無知の恥」とでも言うべきでした。
 ※大沢池の菊ケ島で嵯峨菊を管理している方にいろんなお話しを聴く。
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 先日、右京区嵯峨にある真言宗大覚寺派大本山の寺院「大覚寺」を拝観しました。
 動機は、「剣客商売」、「子連れ狼」、「水戸黄門」、「鬼平犯科帳」、「たそがれ清兵衛」等々の時代劇のロケ地として知られ、実際はどのような寺院なのか一目確認したいと思ったからでしたが、日本文化発祥に深く関係していることを知りました。京の歴史、いや日本の歴史を知るには、外せない場所でしょう。
●嵯峨天皇(52代 786~842 在位809~823)は平安京に遷都した桓武天皇を父に持ち、 「大覚寺」の前身は「離宮嵯峨院」であること。
●「大覚寺」の庭園は平安初期、嵯峨天皇が嵯峨離宮造営と同時に造られた日本最古の庭園であること。
●嵯峨天皇は空海(弘法大師)と親交深く、大覚寺の前身「嵯峨離宮」建設に協力し、また 空海は嵯峨天皇から東寺の下賜と高野山を開く許しを得ていること。
●嵯峨天皇は子息たちに「源姓」を与えたことが「源氏」姓の発祥と言われている。
古典菊(肥後菊や美濃菊など)の一種である嵯峨菊は、大沢池の「菊ケ島」に自生していた野菊で嵯峨天皇のお気に入りで広まったこと。
●紫式部が「式部日記」で、「嵯峨野の月はたいへん素晴らしい」と大沢池の月を褒めたたえ、今も、「観月の池」として知られ、平安の昔から貴族によって舟遊びが行われた天下の名勝地であったこと。
●真言の寺「大覚寺」は、弘法大師空海は嵯峨天皇に写経を奨めたことから、今も般若心経写経の根本道場として嵯峨天皇に倣い写経する人々が多いこと。
●「大覚寺」は、いけばな発祥の花の寺でもあり、「いけばな嵯峨御流」の総司所(家元)であること。
 この一つでも知識を深めて再訪したなら、せめて「無知の知」に接近できるかも?
 〒616-8411 京都府京都市右京区嵯峨大沢町4 ☎075-871-0071

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嵯峨伝燈学院の僧侶たち(真言宗僧侶の修行養成機関)Img_4777
旧嵯峨御所 大覚寺門跡   https://youtu.be/S2bozwzLgBs  

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