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2015年6月20日 (土)

「家族団らんが一番幸せな時」

 このようなコラムを担当する人は、新聞社でも相当の実力者であろう20150620image1と常々関心しておりますが、今日20日付けの読売新聞「編集手帳」には、奥行きが広がり、心に染みわたります。
 まず、山形県鶴岡出身の医師・三浦安信と結婚した詩人・茨木のり子  (本名「三浦」1926~2006年)の 「答え」の一節を紹介しつつ、更に、マウスのうつ状態が楽しい記憶を思い出させて改善されたことに触れ、「家族団らんが一番幸せな時」と説き、明日の「父の日」に関連づけています。
 読み終えて、
 心地良さとともに、遠い遠い昔、両親・兄弟らと囲炉裏を囲んでいたころの記憶を、「薄い薄い塩味のもの」と一緒にしみじみと思い出しています。
 なお、茨木のり子さんは鶴岡市加茂の浄禅寺で夫と共に眠っているそうです。同人誌「櫂」で交流があったという山形県酒田市生まれで、晩年は静岡県富士市に暮らされた吉野弘さんの「祝婚歌」と一緒に勝手に紹介させていただきます。


      「答え」  茨木のり子  (1926~2006年)
   ばばさま 
   ばばさま
   今までで
   ばばさまが一番幸せだったのは
   いつだった?
   十四歳の私は突然祖母に問いかけた
   ひどくさびしそうに見えた日に

   来しかたを振りかえり
   ゆっくりと思いをめぐらすと思いきや
   祖母の答えは間髪を入れずだった
   「火鉢のまわりに子どもたちを坐らせて
       かきもちを焼いてやったとき


   ふぶく夕
   雪女のあらわれそうな夜
   ほのかなランプのもとに、五、六人
   膝をそろえ 火鉢をかこんで坐っていた
   その子らの中に 私の母もいたのだろう
   ながくながく準備されてきたような
   問われることを待っていたような
   あまりに具体的な
   答えの迅さに驚いて
   あれから五十年
   ひとびとはみな
   掻き消すように居なくなり

   私の胸の中でだけ
   ときおりさざめく
   つつましい団欒
   幻のかまくら

   あの頃の祖母の年さえ とっくに過ぎて
   いま しみじみと噛みしめる
   たった一言のなかに籠められていた
   かきもちのように薄い薄い 塩味のものを

祝婚歌」 吉野 弘 
二人が睦まじくいるためには
愚かであるほうがいい
立派すぎないほうがいい
立派すぎることは
長持ちしないことだと気付いているほうがいい
完璧をめざさないほうがいい
完璧なんて不自然なことだと
うそぶいているほうがいい
二人のうちどちらかが
ふざけているほうがいい
ずっこけているほうがいい
互いに非難することがあっても
非難できる資格が自分にあったかどうか
あとで
疑わしくなるほうがいい
正しいことを言うときは
少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは
相手を傷つけやすいものだと
気付いているほうがいい
立派でありたいとか
正しくありたいとかいう
無理な緊張には
色目を使わず
ゆったり ゆたかに
光を浴びているほうがいい
健康で風に吹かれながら
生きていることのなつかしさに
ふと 胸が熱くなる
そんな日があってもいい
そして
なぜ胸が熱くなるのか
黙っていても
二人にはわかるのであってほしい

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