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2015年5月23日 (土)

市町村の面積増減のナゾ

 小笠原諸島・西之島の東京ドーム約52個分に拡大とのニュースには負けますが、東京都多摩地区で東京ドーム3個分以上広くなるという謎の現象が起きています。
 理由は、国土地理院による面積計測の手法が変更されたことにあるそうです。Kunitachi_image5
 同院は平成25年までは、主に2万5千分の1地形図で面積を公表していましたが、平成26年分からは計測精度が高いデジタル地図に変更したため、多くの自治体で増減が発生したそうです。
 増えた町は得した気分なのでしょうか。
 今回、国立市は8.15km²で増減はないのですが、この一覧表から都内では狛江市に次ぐ小規模の市域であることが分かります。
 それでも国立市は、
 明治22年「谷保村」として誕生以来、昭和23年には羽衣を立川に編入、昭和29年には府中市の一部を国立町に編入、昭和31年には国分寺市の一部を国立町に編入するなど、度々市域が変遷しています。
 「国立市史」に、大正10年当時の谷保村の地図がありましたので、現在の白地図と比較して見ますと、その違いなどが分かります。結果的に羽衣は立川に譲って、東の一部は府中から譲り受けたことになるのでしょうか。現在、国立の市域はほぼ定着したと思われますが、再び、立川や府中、国分寺との合併問題が再熱して変更や分割の可能性がないとは断言できません。
 話しが面積増減から、やや横道に反れてしまいました。
※この新聞記事は5月22日付けの産経新聞からの切り抜きです。

2015522

【国立の変遷
明治22(1889)年 谷保村、青柳村、石田村が合併し谷保村となる
明治27(1894)年 神奈川県から東京府へ移管
大正15(1926)年4月 国立駅開業
昭和 2(1927)年 東京商科大学(今の一橋大学)神田より移転
昭和23(1948)年 境界変更 谷保村から羽衣を立川に編入
昭和26(1951)年 町制施行され、谷保村から国立町と改称
昭和27(1952)年 文教地区指定
昭和29(1954)年 境界変更 府中市の一部を国立町に編入
昭和31(1956)年 境界変更 国分寺市の一部を国立町に編入
昭和42(1967)年 市制施行

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