« “サラ川”平成27年のベストテンは? | トップページ | 世界遺産 なって初めて知る歴史 »

2015年5月 5日 (火)

昭和天皇の一民間人の為の和歌

 昭和56年(1981)3月7日、出光の創業者出光佐三は満95歳で天寿を全うされた。
 昭和天皇は「出光佐三、逝く」として、「国のため ひとよつらぬき尽したる きみまた去りぬ さびしと思ふ」 と詠まれました。  Image14
 意味は素人の私にも分かり易く、
 「貴殿は日本が未曾有の国難にあるとき、生涯を通じて全力で日本を支え、日本人の誇りと自信を回復してくれた。そのようなあなたが亡くなり、私は寂しく思う」
 というようなことでしょうか。
 このように、天皇陛下が一般人の死を悼んで和歌を詠まれたことは日本史に例がないそうですが、きっと、出光興産の出光佐三を代表として、戦中・戦後を通じて頑張ってこられた日本国民にメッセージを伝えたかったのでしょう。
 それから、百田尚樹著「海賊と呼ばれた男」のモデルとして再び知られていますが、終戦の二日後、従業員に、000004bc5_2「愚痴をやめよ。世界無比の三千年の歴史を見直せ。そして今から建設にかかれ」と訓示。当時、多くの企業が人員を整理する中、約1千名の従業員の首を切らないことを宣言しています。また、皇室崇敬の念が極めて篤く、本社は皇居を目前に臨む「帝国劇場ビル」内に構え、社内には佐三の郷里の氏神で皇室と強い縁があるとされる宗像神社が祭っているそうです。それに佐三は生涯「社長」「会長」でもなく「出光商会」の「店主」の立場を押し通し、正式に「店主」の役職を設けて就任しています。
 このようなことを知って以来、私は給油をするときは出来るだけ「出光ガソリンスタンド」を利用し、佐三からエネルギーを頂くようにしています。

|

« “サラ川”平成27年のベストテンは? | トップページ | 世界遺産 なって初めて知る歴史 »

01、個人的に関心を持った話し」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« “サラ川”平成27年のベストテンは? | トップページ | 世界遺産 なって初めて知る歴史 »