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2015年2月16日 (月)

地名「光町」の由来は新幹線「ひかり」

 今日は隣接地の国分寺市光町のことに触れておきたいと思います。例年10月14日の「鉄道の日」に合わせて「平兵衛まつり」が鉄道研究所で開催されておりますが、名称からも気になっていたところです。Image
 我が社前の「弁天通り」を挟んだ向かい側、国分寺市光町には「㈶鉄道総合技術研究所(旧・鉄道技術研究所)」があります。
 この研究所辺りの地名は昭和40年ころまで、「平兵衛新田」という新田開発当時の地名でしたが、鉄道総合技術研究所で新幹線「ひかり」の開発が行われていたことに肖り「光町」と変更しています。
  ところで、JR中央線国立駅北側から線路が分岐して、この「鉄道総合技術研究所」に引き込み線があったことをご存じでしょうか。
 随分前迄ですが時折、中央線から電車が引き込まれる様子が見られたものです。
 現在、この線路の跡地は駐輪場として利用されております。
 しばらくは線路も残っていたのですが、10年ほど前に撤去されています。
 また、「鉄道総合技術研究所」内には走行試験に使用する楕円形に線路が敷かれてあって、我が社の二階から試験運転の場面も見られましたが現在は建物が邪魔して見えません。
 因みに、鉄道総合技術研究所の住所は、国分寺市光町二丁目8番38号で、例年10月14日の「鉄道の日」前後の週末に「平兵衛まつり」が研究所で開催され、多くの鉄道ファンが集まって来ます。
 今年の10月14日は土曜日ですので、きっと、この日の開催でしょう。
 これまで一度も覗いたことがありませんので、今年は、このブログネタの取材を兼ねて訪問したいと思っています。
 なお「鉄道の日」は1872年(明治5年)10月14日、東海道線の一部の「新橋~横浜」間の鉄道が開通を記念して制定されています。"汽笛一声新橋を はや我汽車は離れたり 愛宕の山に入りのこる 月を旅路の友として" の唱歌で知られています。

■「まちセンだより 」から
http://kokubunji-machisen.com/

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  大日建設株式会社 代表取締役 社長 杉山武久                                            dainichi@wish.ocn.ne.jp

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