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2015年2月10日 (火)

国立の日本初文教地区指定の背景

 常に「住みたい街」のトップテンに入る国立は、駅前には「国立文教Kunitatu_3地区」の大きな看板が設置されています。長く住み続けていると、その実感は薄いものですが、国立市は昭和27年に日本で最初の文教地区の指定を東京都から受けています。
 この文教地区指定の背景には、
 かつて、隣接の立川市に米軍基地がありましたが、昭和25年に朝鮮戦争が勃発すると多数の米兵が進駐するとともに、戦地からも息抜きに多くの米兵が交代で遊びに来て風紀を乱したことがあるそうです。
 立川市・丸屋呉服店(現在は伊勢丹立川店8F)の伊藤平八朗さんは、かつて
 「立川にもともとあった羽衣町と錦町の遊郭より、新しく出来た米軍相手の歓楽街の方が、むしろ景気がよかった。歓楽街は立川駅周辺の曙町は白人、黒人は西国立です。これは土産物屋までそうだった。」
 と語っています。
 この西国立とは国立市に近接した立川市羽衣町辺りです。
  そして、米兵相手の飲食店やいかがわしい商売の影響が国立市内までおよび、一見してそれと分かるケバケバしい女性や米兵が国立の街を闊歩するようになったり、市内にも風俗店の開業の動きもあったそうです。事実、国立駅の周辺には、米兵相手の簡易旅館や飲食店が何軒か出現しています。
 それに対して、住環境を守ろうとする市民運動が市内に広がり、文教地区の指定を目指した運動が始まったと言われています。つまり、この文教地区の指定によって、風俗営業の開業は昭和二十三年制定の『風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律』で教育上好ましくないと規制されることから風俗営業が出来ないのです。
  国立では風俗店が許可されないので景観や住環境が守られている理由でもありますが、逆に、国立市に隣接する「国分寺」や「立川」、「府中」辺りでは風俗営業や競馬・競輪・競艇・パチンコなどが盛んなことはご存知のとおりです。このように光と影がクッキリするもので、「水清ければ魚棲まず」、「清濁併せ呑む」という故事や教えもありますが、何が理想なのかは難しいものです。
 なお、国立市でも文教地区に指定されている地域は一橋大学などの学校施設が集中している地区で、市域の3分の1ほどでしょう

Dainichi_kensetu_2
  186-0001  東京都国立市北2-8-1
     大日建設株式会社 代表取締役 社長 杉山武久
                      dainichi@wish.ocn.ne.jp

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