13、明治150年

2018年6月 3日 (日)

米朝のギリギリの交渉に想う

 戦後の歴代米大統領が何人かかっても出来なかった対北朝鮮政策201864_image_48857の転換に向けて、今、トランプ政権と北朝鮮はギリギリの交渉が続いています。長年の、もつれ切った関係から互いのハードルが高いこともあり、6月12日の会談一回で全てがスッキリするには困難でしょうが、まずはトランプ大統領の英断と「アメとムチ」という、硬軟使い分けたコワモテぶりの交渉に全面的に期待したいものです。
 最近の動きでは、5月24日には北朝鮮の崔善姫外務次官は、ペンス米副大統領との会談後、「愚か」と非難し、外交が失敗した場合には「米国が我々と会議室で会うか、核対核の最終決戦で対決するのかは、完全に米国の決断と振る舞いにかかっている」と高飛車に警告。また25日には豊渓里の核実験施設を専門家を入れずに見せかけの爆破。
 これらに怒ったトランプ大統領は即座に反応して首脳会談を中止と発表すると、北朝鮮は相当ビックリしたのか9時間後に、狼狽したようなコメントで会談の実現を呼び掛けていました。そして、5月26日には南北首脳会談を電撃的に開催して、金委員長は米朝首脳会談実現に「確固たる意思」を表明。6月1日にも、金委員長の腹心・金英哲副委員長が、金委員長の親書をトランプ大統領に手渡すために渡米するなど、北朝鮮は百戦錬磨のトランプ大統領に完全に手玉にとられた格好です。
  12日まで約一週間の今は、朝鮮戦争の終結宣言、朝鮮半島の非核化宣言、その手順、査察、廃棄の方法、日本人拉致問題の解決、その後の北朝鮮の体制保障、経済支援など具体的な事に及んでいるはずです。特に日本としては、平成14年の「日朝平壌宣言」で交わした、核・ミサイル・拉致問題を解決した先には、日朝国交正常化が交渉が待っており、いずれ多額の経済支援が要求されることを覚悟すべきです。なお、今年は明治維新から150年目ですが、この間、朝鮮半島の地政学的な位置から、日本人と同等に処遇した併合問題、日清、日露戦争など、日本が困難に陥った背景には、常に半島を巡る対立があったことを思い出す必要がありそうです。

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2018年3月21日 (水)

薩摩藩(鹿児島)と庄内藩(山形)の関係

 ドラマ「西郷どん」に庄内藩や清川八郎、新徴組のことが登場するのはImage先でしょうが、薩摩藩との深い関係を知識として押さえたいと思います。さて、藤沢周平作品に多く登場する海坂藩は、「江戸から北へ百二十里、東南西の三方を山に囲まれ、北は海に臨む地にある。」とあり、比較的守りに強い地形と思われます。この架空の海坂藩は、藤沢周平の出身地・鶴岡市の酒井家庄内藩のことで、藩祖は徳川四天王(酒井忠次・本多忠勝・榊原康政・井伊直政)の一人であり、水戸から秋田に転封された佐竹藩など外様大名に睨みを利かせる配置でした。庄内藩の歴代藩主の善政から、領民との関係も良く1840年(天保11)の三方国替えを百姓一揆で阻止したこともありました。
 ところが、幕末の1863(文久3)年に江戸市中取締りを受けることになり、会津藩の京都守護職同様に佐幕派の筆頭として歴史の表舞台に仕方なしに躍り出ることになります。そして、戊辰戦争の直接の引き金となった江戸薩摩藩邸の焼討事件は、テロ破壊行為を繰り返す薩摩藩に対する、庄内藩による取締りの過程で発生するも対立が際立つことになります。結果的に戊辰戦争で賊軍になった庄内藩を西郷隆盛が一目置いた戦後処理をしたのは、百戦百勝の強さを認めたことと、薩摩藩を昆布などの密貿易で富ませた酒田出身の本間郡兵衛 (北曜)への恩義からとされます。戊申戦争は一般的に幕府側が惨敗した印象ですが、庄内藩は連戦連勝で勝ったまま降伏した藩でした。庄内藩が強かった理由に三方領地替えを阻止した藩と領民との連携同様に、戊申戦争でも農民や町民による民兵2200人を加えた約4500人の兵を編成したことや、「本間様には及びもないが、せめてなりたや殿様に」と謳われた豪商・本間家をバックに、米国の南北戦争でも使用した七連発スペンサー銃の大量導入がありました。Ikun_satou
 慶応四年(明治元年・1868年)9月22日、官軍の猛攻に会津藩が屈すると、不敗の庄内藩も孤立無援となります。地の利と豊富な近代兵器で藩内に敵を一歩も踏ませなかったが、孤立無援の状況と時勢を知り降伏・恭順を決めるも、鳥羽伏見の戦いの発端となった江戸薩摩藩邸の焼討事件などから厳しい報復処分を覚悟していました。ところが、西郷は降伏を受ける参謀の黒田清隆に「酒田湊は本間北曜先生の生まれた土地だ。政府軍に勝ちに乗じた醜行があってはなりませんぞ」と指示していたとされ、この計らいで、藩主の謹慎、17万石から12万石に減封、30万両の献金という寛大な処分でした。
 これらに恩義を感じ、明治3年には、旧庄内藩主酒井忠篤が旧藩士78名と共に鹿児島入りし西郷の教えを受けることになります。その後、元庄内藩士らは西南戦争で失脚した西郷の復権運動と「南洲翁遺訓」の編さんに励むことになり、また酒田市には西郷を顕彰する南洲神社を建立したほどであり、更に、鹿児島市と鶴岡市は昭和44(1969)年、友好・姉妹都市として「徳の交わり」が続いているそうです。

庄内藩、戊辰戦争で無敗を誇った最強の軍団
 江戸の治安を守り新徴組を擁し、薩摩藩邸焼き討ちから逆恨みされた。あまりの強さに敵は城下に入れなかったため地元でも知られていない
 
https://youtu.be/cI_gr4ZDh1Y

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2018年3月16日 (金)

橋本左内の「稚心を去る」

 乏しい書棚に、西郷隆盛「南洲翁遺訓」、朱子学の入門書「近視録」、Sanai_image橋本左内の「啓発録」などが並んでいます。若い頃、幕末の志士らに思いを馳せたことを回顧するも、全てに「少年老いやすく学成り難し」の心境です。特に、橋本左内が16歳でまとめた「啓発録」は、小生の成人に頂いたもので「稚心を去れ」の教えを昨日の如く記憶しています。福井藩藩主松平慶永(よしなが)(春嶽)の側用人・橋本左内は、西郷隆盛が同輩で唯一尊敬した人物とされ、一橋慶喜の将軍擁立の裏工作に協力した事で、安政の大獄で26歳の若さで刑場の露と消えています。幕臣・水野忠徳は「左内を殺した事をもって、徳川を滅ぼすに足る」と語り、西郷も「左内を殺すとは、幕府は血迷っている」と述べています。
 徳川幕府は、安政5年6月19日(1858年7月29日)に日米修好通商条約を締結し、横浜や神戸・函館などを開港して交易の約束をしますが、その5日後に、松平春嶽や徳川斉昭らは江戸城に押しかけ登城し、大老井伊直弼らに条約調印と将軍継嗣を糾弾した行動が安政の大獄の始まりでした。これにはペリー来航の序曲があり、当時、徳川将軍の家定(1824~1858)は虚弱体質で、後継将軍に老中・阿部正弘をはじめ、島津斉彬・松平慶永・徳川斉昭らは一橋慶喜(徳川慶喜)を推挙(一橋派)し、対して、譜代大名や井伊直弼、徳川家定の生母・本寿院らは紀伊藩の徳川家茂(いえもち)を擁立(南紀派)した結果、血が濃い家茂(いえもち)が13歳で1859年14代将軍に就き、1862年皇妹・和宮との婚儀が上げるも1866年に21歳で死亡しています。
 なお「安政の大獄」は、徳川御三家などの親戚筋と一家来にすぎない井伊家との関係悪化とされ、それを制御出来ないほど落ちぶれた幕府の権威の失墜の表れでもありました。この「稚心を去る」は、大人になり切れない政治、憲法、防衛、18歳成人問題など、今の日本人に問いかけているようです。そして3月18日の「西郷どん」第11話は、次期将軍問題や篤姫を家定の御台所にする工作になるはずです。
 国立市で発見された龍馬の手紙: 大日建設の社長日記

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2018年3月11日 (日)

鹿島(水戸)と鹿児島は関係が深い?

 鹿島に「児」を加えて鹿児島と呼びますが、どんな関係があったのでしょうか。Bakumatu_8
 歴史学者の田中英道先生は、「神武天皇が正にこの鹿島から船出して、鹿児島に向かった船団によって、九州から西国を統一することが出来たことを、神武天皇元年に、宮柱を建てた、という神話に結びついたと考えられるのである」と語っています。先日、拙ブログで「鹿島立ち」を話題にしましたが、防人が九州へ旅立つ決意だけでなく、太古の昔、神々が鹿島から鹿児島に向ったことも意味するはずです。さてドラマ「西郷どん」では、西郷はペリー来航翌年の安政元年(1854)3月6日に、江戸に着くと庭方役(密偵)を命じられ、これにより激動期の表舞台に登場することなりました。西郷の初仕事は、鹿島辺りの常陸国を領地とする水戸藩主・徳川斉昭と後の将軍・徳川慶喜に出会う場面でした。しかし実録では、島津斉彬の茶道方(茶坊主)・樺山三円(資之)の案内で、徳川斉昭の側近・尊皇思想(水戸学)の学者・藤田東湖と会うことのはずです。
 樺山三円も茶坊主として機密を扱う立場は、西郷と似た任務があったようです。
 そして西郷は、東湖の紹介で水戸藩家老・戸田忠敬(蓬軒)、弟の安島帯刀らと親交を深00204203200_め、幕府の機密を知ることができたものの、それが災いして安政の大獄で失脚することになります。水戸藩は、中国のから亡命した儒学者・朱舜水に影響された光圀公以来、尊王思想を掲げ、事実、幕末には、桜田門外の変、坂下門外の変、水戸天狗党の乱などを起こすなど、尊王派の中心地であったことも押さえたいことです。
 そして、3月11日放送の「西郷どん」第10話に、越前福井藩の橋本佐内が登場ですが、西郷は後年、東湖と左内を讃えて「先輩としては藤田東湖、同輩としては橋本左内、共に最も尊敬した人である」と語っています。安政の大地震で圧死した東湖や戸田忠敬、安政の大獄で刑死した左内や切腹した安島帯刀の志しを継ぎ、命もいらず名もいらず、官位も金もいらぬと縦横無尽の活躍をしています。
 なお、鹿児島には、神武天皇が東征に出航したとされる神武天皇御出航碑もありますので、きっと、西郷をはじめ薩摩藩士も討幕に際して意識したはずですし、また「水薩同盟」がナゼ崩壊したのかも注目したいものです。
 

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2018年3月 5日 (月)

明治10年3月は「田原坂の戦い」の最中

 今年のNHK大河ドラマは「西郷どん」ですが、「江戸幕府、一夜むな(1867)しく崩れけり」から150年の節目からでしょう。昨日3月4日放送は「江戸のヒImage6ー様」で、島津斉彬に御庭番(密偵)として引き立てられた西郷隆盛がヒー様こと後の将軍・一橋慶喜との接点を描いていました。
 ところで、明治十年(1877年)3月は「田原坂の戦い」の真っ只中でしたが、この戦いが西南の役の分水嶺とされ、敗れた薩軍は南へ南へと敗走することになりました。そして西郷隆盛が鹿児島の城山で自刃の時、「おいどんは官軍に負けたのではない。清正公に負けたでごわす・・・・」と言ったとか言わないとか・・・・。城は三日で落とすと豪語していた西郷軍は、明治10年2月22日~4月14日まで熊本城を包囲し攻撃するも、加藤清正が築いた難攻不落の城を落とすことは出来なかったことや、ダラダラ坂と切り通しが続く天然の要害「田原坂(たばるざか)」の地形は、「雨は降る降る 人馬は濡れる 越すに越されぬ田原坂・・・」と歌われています。特に3月4日~20日までの17日にも及ぶ田原坂の戦いは、日本人同士の最後の壮絶な戦いの舞台とされ、新政府軍(陸軍)を指揮した山縣有朋は苦戦の中、渋々ながら後方支援中の警視庁部隊から剣に覚えの警察官を選抜して警視庁抜刀隊と名付け、百十余名を以って刀だけで斬り込み膠着状態を打破したと言われます。
 ドラマ「西郷どん」での西南の役の場面は、きっと最終回になるはずです。なお、加藤清正公の墓は山形県鶴岡市(庄内藩)にあり、その隣町酒田市には南洲神社と「徳の交わり~南洲翁と臥牛翁」の銅像があることも面白いことです。

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2017年10月21日 (土)

この問題に深入りしたら抹殺?

 「タックスヘイブン(租税回避地)」による世界の指導者らの不正を暴いPanama_papers_imageた「パナマ文書(Panama Papers)」の報道に参加した地中海の島国マルタの女性記者、ダフネ・カルアナガリチアさん(53)が10月16日、車を運転中に仕掛けられていた爆弾によって殺害されました。
  カルアナガリチアさんは、マルタのムスカット首相夫妻の不正資金疑惑を報じるなど、同国随一の調査報道記者として知られていましたが、脅迫を受けているとして、最近、警察に相談していたとの情報もあったそうです。ムスカット首相は、「報道の自由に対する野蛮な攻撃」だと非難。米連邦捜査局(FBI)の支援も受け、事件を徹底的に捜査する意向を示した。(共同)
 ところが、これほどインパクトある事件なのに、日本ではテレビ報道などは極めて小さい扱いのようです。きっと、日本人顧客の716名も含めて、世界中の著名な偽善者の名前に日頃の正義ぶった人達も躊躇するのか。それに、カルアナガリチアさんのように殺されては何にもならないと二の足を踏むのか・・・・・「一人殺せば殺人犯、100万人殺せば英雄」とも言いますが、巨万の富がありながら払うべき税金を払わない「タックスヘイブン」も、これに近い印象です。
 暗殺と言う「死人に口無し」は、マスコミ人に対する一番簡単な恫喝なのでしょう。



@kama_yam @OUtn6
>ケイマン諸島だけの活用に限っても、日本の大企業は55兆円」
⇒ 【高い税金を負担するようになる一般市民】
➠おい、政府・国会よ。消費者は1円の価格、買い物で迷っているんだぜ。
「消費税増税の前にやる事がある」だろう!

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2017年9月24日 (日)

「来年の事を言うと鬼が笑う」と言う

 宇宙戦艦ヤマトは、地球から約16万光年離れた大マゼラン銀河にある架空の星「イスカンダル」に、2017924_image1_2放射能除去装置コスモクリーナーDの入手に向かうという設定でした。
 別の銀河「アンドロメダ大星雲」は、地球から約250万光年で、肉眼でも観測できるため良く知られていますが、16万光年と250万光年の差が、宇宙戦艦ヤマトはマゼラン銀河に設定した理由とされます。この「アンドロメダ銀河」は、40億年以内に我々の銀河と衝突するそうですが、これを心配する人はいないはずです。
  「来年の事を言うと鬼が笑う」と言いますが、今のことも満足に対応が出来ない人物が、来年のことを得意げに語っても、鬼に嘲り笑われる意味です。しかし、 国連安保理の警告も無視する北朝鮮の核・ミサイル問題は、銀河の衝突以上に「大規模な衝突の可能性が高い」と予測されており、この地球に現実に放射能除去装置が必要な事態も心配されています。それにしても、アンドロメダ銀河は、秒速約122kmのスピードで、我々が住む銀河に接近しているのに、時間帯や季節は別にして、大して形も変わらずに夜空に輝いています。金正恩第1書記も、ミサイル発射ばかり見上げていないで、時には星空を眺める余裕が欲しいものです。
 なお、喫緊の課題として、衆議院の解散と総選挙が注目されています。
 これに左向き野党は、政権奪取の機会なのに大義が無いと批判するだけで、前向きな意見は無いも同然です。北朝鮮の目前の危機を見れば、憲法改正、安全保障政策、原発再稼働など、国論を二分する重要課題が山積していること明らかです。安倍首相は11月のトランプ大統領来日を控え、最善の時期に解散を決断し、これらの問題を来年に先延ばしせずに国民に信を問うはずです。

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一般的にイメージされる太陽は各惑星がくるくる回る真ん中で動きませんが、実際は秒速217キロ=時速781,200キロ(マッハ638)というスピードで銀河系を公転しています。

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2017年9月21日 (木)

風化させるな北の日本人拉致事件

 米国のトランプ大統領は9月19日、国連総会で北朝鮮の金2017921image3正恩をロケットマンと非難しつつ、「日本の13歳の少女が、自国の海岸から誘拐された」と拉致事件を強く非難していました。この言葉は関係者にとって、なんとも心強く、頼もしく感じられたはずです。
 昨今、マスコミの扱いは小さい拉致事件ですが、改めて、北朝鮮の人の心を持たない、残虐・非道ぶりを知った国民も多かったはずです。警察庁発表では、拉致の疑いが濃い失踪者は800人超とされますが、なぜ北朝鮮は、日本人をいとも簡単に拉致し続けたのかと思うと同時に、憲法九条が邪魔し、拉致を防げなかった脆弱ぶりを残念に想わずにいられません。
 いとも簡単に拉致出来た理由の一つに、脆弱な国防の他に、在日朝鮮人組織朝鮮総連による工作員支援体制が整っていたとされ、拉致が続発した昭和五十年代には、拉致を指揮した金正日総書記一行も、赤坂辺りに自由に遊びに来ていたそうです。また、日本海沖では一見漁船に見える北朝鮮の不審船が度々目撃され、海上保安庁の巡視船が追跡しても、不審船は30ノットもの高速で逃走されたと報道されたこともありました。
 最も酷い話しは、石岡亨さんと松木薫さん有本恵子さんの消息を伝える、石岡さん本人の手紙がポーランド経由で秘密裏に家族の元に届く。有本さんの両親は、北朝鮮と太いパイプがあるとアピールする日本社会党の土井たか子に相談。ところが、2002年9月17日、北朝鮮側から恵子さん死亡と伝えられ、この死亡日が石岡さんの手紙到着の2ヵ月後だったことから、「社民党から筒抜けだったんだ社民党が北朝鮮に連絡してすぐに処刑されたに違いない」「社民党、私、あれ、日本の政治家やと思っとりませんよ。北朝鮮の政治家だ」と語っています。それでも、当時のマスコミは土井たか子マドンナ旋風などと持ち上げて高く評価していたのです。
tweet : マスコミが報道しない土井たか子の残念な功績 - NAVER まとめ

土井たか子と日本人拉致容疑者、日本赤軍米村邦弥 (小川淳)の、ウィーンでの謀議の証拠写真。 テレ朝が報じた写真の右端に写っているのが米村容疑者、奥の席に座っているのが土井たか子。 http://t.co/GlH84PXJ4r pic.twitter.com/Zt6zSCOWi8

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2017年9月17日 (日)

米の戦法は「後の先=正当防衛」?

 剣道の戦法に、先の先先々の先、或いは、後の先という戦い方があります。0002157
  「後の先」とは、まず相手に自由に攻めさせ、技が切れたり、態勢が崩れたところに、一気に攻撃に転じる試合運びと理解しています。また、中国の兵法書「兵法三十六計」には、有利な地形を利用して防御を固め敵の攻め疲れを待つ、以逸待労(いいつたいろう)と呼ぶ策略もあります。
   ここで思い出すのは、1974年、WBA・WBC世界統一ヘビー級王座のジョージ・フォアマンに挑戦したモハメド・アリの試合です。アリはこの試合で、相手に「わざとボディを打たせ」、相手の打ち疲れを待つ戦術、「ロープ・ア・ドープ」と呼んだ戦いで勝利しています。下馬評は、ゾウも倒す強打の持ち主と言われたフォアマンが絶対有利とされ、対するモハメド・アリは徴兵拒否で王者を剥奪され3年7か月のブランクから、既に過去のボクサーと評されていました。事実、試合が始まると、アリは、ロープにもたれる場面が多く、腕で顔面をブロックしながらフォアマンの強打を凌いでいるものの、誰からも敗色濃厚と見られていました。それが8ラウンド終了間際に、アリのワンツーパンチがフォアマンを捉え、見事に逆転のKO勝利をおさめ喝采を浴びていました。
 また、西部劇の決闘では、銃を先に抜くと殺人罪に問われるので、相手に先に抜かせて、早撃ちで倒すことで正当防衛が成00240立するという場面があります。つまり、米国は北朝鮮に先に攻撃させて、或いは、攻め疲れを狙う「後の先=正当防衛」を狙っていると見ています。北朝鮮もミサイルの無駄打ちを続けては、いつか資金切れと、攻め疲れで緊張が緩み必ず一息つく場面が出るはずであり、これが譲歩や妥協を得るチャンスでしょう。
 そのうち、裏では戦後処理の話し合いが進む可能性もありますが、最悪は・・・・
北朝鮮の防衛能力が羨ましい: 大日建設の社長日記
北朝鮮攻撃で一番の足枷は日本: 大日建設の社長日記
ジョージ・フォアマン VS モハメッド・アリキンシャサの奇跡
  https://youtu.be/kANNhbDt-fQ
 

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2017年9月16日 (土)

今の日本は座して死を待つだけ?

 北朝鮮が「日本列島を核爆弾で海に沈める」と布告しているのに、0002588image2今の日本人は言い返すことも、何も出来ない情けない国民だと世界に知れ渡っています。ここに至っては座して死を待つだけの、ただ手をこまねいてやられっ放しの国家のように見えます。せいぜい、頭を抱えて事態を見守るだけでしょうか
 まず、飛んでくるミサイルの迎撃が極めて難しいこと。特に飽和攻撃には全く対応出来ないことが知られて来ました。それなのに、ミサイルや核攻撃に耐えうる避難場所が全くないことも国民にバレています。Jアラート(空襲警報)など「一応、国民に危険を知らせた国民を守る努力をしたとする誤魔化しで、アリバイ工作と勘ぐられています。他にも、重要施設などの破壊を担当するスパイ(便衣兵)が万単位で潜入していることや、なのに、スパイ防止法がなくスパイが白昼堂々と暗躍するスパイ天国であることも知られています。また、
 ・防衛を強化すべきと、与党を叱咤し追及する野党がないことが分かった。 
 ・安倍政権はダメだと批判する連中が、何も対案を示せないことも分かった。
 ・憲法九条を守れと主張していた連中が、黙りこくっていることも分かった。
 ・北朝鮮は地上の楽園と称えていた人が、ダンマリを決めていることも分かった。
 ・戦争は嫌いだから国外脱出すると言ってた人が、誰も逃げないのも分かった。
 ・竹やりで戦えと主張していた人が、その竹やりも準備しないことも分かった。
 ・スパイ防止法を作ろうとしても、国会議員がスパイで反対することも分かった。
 ・法律で手足が縛られ、戦えない「軍隊もどきの自衛隊」であることも分かった。
 とにかく、度重なるミサイル発射で脅迫され、核攻撃で日本を海に沈めると布告されるなど深刻な事態なのに、安全保障をはじめ国家の危機管理が殆ど無防備状態であることがハッキリさらけ出ています。このまま無防備な平和主義を唱えることは、日本の滅亡を教唆・幇助するものであり、ここまで放置・黙認して来た与党も、それに反対してきた野党やマスコミ、知識人らも共犯者と見るべきです。そして、大した覚悟も哲学もないのに、無責任ぶりが国民に浸透し座して死を待つだけです。
今の日本人はダチョウと同じか: 大日建設の社長日記
北朝鮮暴発寸前でも「憲法9条を守れ」という人たちがいる 百田尚樹氏
有事に戦えぬ自衛隊を変えるには戦死者出すしか、と内部の声 - iRONNA
平和主義で平和は守れるの? – アゴラ (池田 信夫)

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