「MAGI-天正遣欧少年使節」を鑑賞して
「MAGI -天正遣欧少年使節」は史実に沿って制作しており、当時、欧州の世界支配の野望と宣教師らの蛮行に鋭く迫っています。
映画「沈黙-サイレンス」も、「潜伏キリシタン関連遺産」の世界文化遺産登録理由でも、日本が禁教政策中に秘かに信仰を継続したなどの美談ばかりを強調して真実を伝えていませんでした。それが、今年1月17日からAmazon Prime Videoで配信中の歴史ドラマ『MAGI -天正遣欧少年使節』は概ね史実に沿って制作していると見て鑑賞しました。
1549年、イエズス会のザビエルが、鹿児島に漂着して約2年半の日本滞在で洗礼者は千名に及ばず、自信を喪失して帰国しています。ザビエル来日から30年後の1579年に、同じイエズス会のアジア布教の巡察使・ヴァリニャーノが島原半島の口ノ津港に辿り着きます。ザビエルから日本での布教の難しさを聞いていたと思われ、布教を進める秘策として、キリシタン大名に働きかけ、ローマ教皇に日本から少年使節を送ることを思い付きます。そして、選ばれた4人は、
・伊東マンショ(主席正使)15歳で豊後大友宗麟の名代(帰国後・司祭に叙階)
・千々石(ちぢわ)ミゲル(正使)14歳で大村純忠の名代(帰国後・棄教)
・中浦ジュリアン(副使)15歳で大村藩(帰国後・司祭に叙階されるが穴づりの刑)
・原マルチノ(副使)13歳で大村藩(印刷機を持ち帰りキリシタン関連を出版)
遣欧目的はローマ教皇とスペイン・ポルトガル両国王に布教の援助を申し出る事。
更に、少年達にヨーロッパのキリスト教世界の偉大さを見せて、日本での布教に役立てて日本をキリスト教国にして、あわよくば植民地化することでした。しかし、少年らが世界各地で見た光景は、口では「イエスの愛・・」と言いつつ、多数の日本人や黒人奴隷の悲惨な姿、人種差別、異教徒の弾圧等々の矛盾した世界でした。 ミゲルを名乗った有馬晴信の甥の清左、マンショを名乗った大友宗麟の甥の祐益らは
「われらと同じ日本人がどこへ行ってもたくさん目につく。また子まで首を縄で繋がれて我々を見て、哀れみを訴える眼差しは辛くてならぬ・・・。肌の白いみめよき日本の娘らが、秘所をまるだしに繋がれ、弄ばれているのは、奴隷らの国にまで、日本の女が転売されて行くのを正視できるものではない。我々の見た範囲で、ヨーロッパ各地で50万と言うことはなかろう。ポルトガル人の教会や師父が硝石と交換し、証文をつけて、インドやアフリカにまで売っている。いかがなものだろう。」と記録しています。
8年5か月余に及ぶ長旅を終えて、1590年(天正18年)7月、長崎に帰国すると、一行を送り出した、織田信長、大村純忠、大友宗麟らは死去。最悪は秀吉のバテレン追放令が待っていました。よって、四人は遣欧の体験を生かす機会を失いますが、キリスト教世界の矛盾の数々を証言して日本の植民地化を防ぐことに貢献したはずです。きっと、目から鱗が落ちるドラマです。このドラマを鑑賞するには検索エンジンに「Amazon.co.jp: MAGI 天正遣欧少年使節 シーズン1を観るPrime Video」とコピー入力すれば可能と思います。
■MAGI -天正遣欧少年使節https://www.amazon.co.jp/MAGI-%E5%A4%A9%E6%AD%A3%E9%81%A3%E6%AC%A7%E5%B0%91%E5%B9%B4%E4%BD%BF%E7%AF%80-%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%83%B31-4K-UHD/dp/B07MS5P6C9
| 固定リンク
| コメント (2)
| トラックバック (0)
最近のコメント