12、日本は戦勝国だった

2017年6月 2日 (金)

戦争犯罪国はアメリカだった。

  ヘンリーストークス氏は著書「大東亜戦争は日本が勝った」で、51g0awmckpl__sx338_bo1204203200_
 「500年に渡って続いた西洋列強による有色民族の大虐殺、植民地支配を終焉させたのが大東亜戦争だった。もし日本軍がアジアに進攻しなければ、アジアにあった欧米の植民地がその宗主国から独立することは決してなかった。日本はその残虐非道な白人の世界侵略を覆した「正義の国」であり、大東亜戦争に勝ったのは日本だった。戦時国際法に違反して、民間人大虐殺を展開したアメリカは反則負けである。」と、述べています。
 既に、20万部を超えるベストセラーだそうで日本人として嬉しい限りですが、それにしても、日本人の保守系人材から、ストークス氏のような主張を唱える人材が誕生しないのは残念なことです。きっと、米国の顔色を伺って言い出せないのか、左翼陣営が強い中では時期早尚と思っているのか、それとも、テレビ出演や出版業界から干されるなど、収入源が閉ざされると思っているのでしょうか・・・・いずれにしても情けない話しです
■『戦争犯罪国はアメリカだった
 ①』加藤清隆 AJER2016.10.28(1)
https://youtu.be/1z-Y6jSqvPA

 「太平洋戦争」はアメリカの洗脳だった。この書は日本のプロパガンダではない。
 史実である。日本よ 呪縛から解放されよ!
 ヘンリー・S・ストークス 来日50年の総集編
 世界史を俯瞰して明らかになった大東亜戦争の真実
■以下は本文からのコピーです。 
 共産党などの左翼は、大東亜戦争は「侵略戦争」であったと言う。
 そうであろうか? 史実を検証すると、そこには明らかに「アジア解放戦争」の側面が見て取れる。アメリカの侵略戦争や、大英帝国の植民地支配での戦争とは、明らかに違った姿を現じている。私は、大東亜戦争を日本がなぜ戦ったのか、その結果、何が世界に起こったのかは、世界文明史的な俯瞰をもってしてはじめて、明らかになるものだと、そう思い始めた。
 世界文明史の中で、大東亜戦争を位置づけようというような野心的な試みは、一冊の本で果たせるものでもないが、その第一歩を英国人ジャーナリストの私が切り開くことで、世界中に多くの賛同者が出てくると、そう確信している
。(本文より)
1章 日本が戦ったのは「太平洋戦争」ではない!
2章 「太平洋戦争」史観で洗脳される日本
3章 日本は「和」の国である
4章 世界に冠たる日本の歴史
5章 オリエントにあった世界の文明と帝国
6章 侵略され侵略するイギリスの歴史
7章 アメリカの「マニフェスト・デスティニー」
8章 白人キリスト教徒による太平洋侵略
9章 マッカーサー親子によるフィリピン侵略
10章 大日本帝国と西欧列強の帝国主義の違い
11章 大日本帝国は「植民地支配」などしていない!
12章 日本は中国を侵略していない
13章 アメリカによる先制攻撃の「共同謀議」
14章 大統領がアメリカ国民を欺いた日
15章 大英帝国を滅ぼしたのは日本だった!

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2017年5月15日 (月)

東京裁判史観を受け入れた悲劇

 韓国大統領選は、反日、親北の盧武鉉の盟友・文在寅(ムンジェイン)が選出されたこ0000000000049941668aとで、最終的かつ不可逆的な解決を確認した日韓慰安婦合意も蒸し返すこと必至でしょう。
 さて、戦後の日本は東京裁判史観(戦勝国史観)を受け入れたことで、「日本を悪く言うなら、歴史を捏造しても構わない」と掟破りの何でも有りの現状です。つまり、国際法を無視した事後法で日本を裁いたことは、米国が犯した戦争犯罪を隠す意図があったもので、一見友好国となった現在、これに見直しや検証を求めても一蹴されることからも何をかいわんやです。米国は、空爆による民間人大量虐殺は仕方なしとし、日本の残虐性を仕立てるためパターン死の行進南京虐殺を捏造し、竹島や北方領土略奪を容認するなどは、慰安婦問題と同一上にあるとされます。特に慰安婦問題は、殊更に日本を責める立てる韓国や米国ですが、彼らこそが、世界各地で野獣の如き振る舞いをした犯罪国家であり、日本が降伏した弱みに付け入り、野蛮国、侵略国と一貫した主張を続けられ、これに日本自身も侵略して申し訳ありませんと謝罪金を払い続けるから図に乗っているのです。000_bo1204203200_
 それに、数百年にわたって黒人奴隷・人種差別を続け、有色人種国を植民地にした欧米諸国は、宗主国に貢女や宦官を献上した歴史を持つ朝鮮半島とは、売春宿の経営者と客.のような共通意識があるのか、それともベトナム戦争当時の混血児ライダハンへの共犯意識などの歴史を隠す意図なのか、殊更に日本だけが悪い国家のように擦りつけているようにみえます。
 つまり、日本が敗戦史観で謝り続けている限り、慰安婦問題、南京虐殺、竹島問題など全て解決しないと見ています。石原莞爾は、最終戦争論で武力による決戦戦争の時代と持久戦争の時代を交互に現出して来たと述べていますが、慰安婦などの歴史戦持久戦争の時代と見るべきです。そして、戦前の「ABCD包囲網」の如く、今の日本は、自国内の反日国民(Anti-Japanese)に加えて、A(米国)・C(中国)・K(韓国・北朝鮮)・R(ロシア)による「AACKR包囲網」で封じられている現実も直視すべきです。この包囲網から脱する第一歩は、植民地や奴隷を解放し、世界中の人種差別撤廃に貢献したのは日本であると、多くの国民が認識し世界に発信することで自信回復を図ることです。このことは、欠点を克服するには、長所を伸ばして自信を持つ以外にないことと酷似し、何時までも欠点を是正しようとジタバタするあまり長所まで頭打ちしされて自信喪失している現状が今の日本です。
 なお、合併問題にも触れますが、当時の朝鮮半島の李氏朝鮮は中国の属国で統治能力のない弱小国で、ロシアの植民地になるか、日本に併合されるかしか生きる道は無かったPhotoとされ、李完用(リーカンヨウ)政権が日本を選んだことで韓国は繁栄します。しかし後者だったなら、全域が現在の北朝鮮の姿になったはずです。ただ、伊藤博文は「合併は却って厄介を増すばかりで何の効なし」と批判したことや、福沢諭吉が「脱亜論」で「支那・朝鮮とは関わるな」と忠告したにも関わらず、深い関係を持ったことは大失敗との見方が有力であり、今後の半島政策では同じ轍を踏まないことでしょう。
【水間政憲】従軍慰安婦捏造の根源「アメリカ」の真実[桜H25/8/26]      https://youtu.be/NI1mUpEhack

■1/3【プロパガンダ】いわゆる「従軍慰安婦問題」の嘘 [桜H26/3/29]   https://youtu.be/zpCOf9ovgP8  

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2017年5月13日 (土)

良書「日本とアジアの大東亜戦争」

 15世紀から始まった有色人種国家の植民地支配の侵略者は、西欧列強の000001106334956_main_l_3白人であり、「大東亜戦争」は植民地支配からの自衛戦争だったのです。この著書は、大航海時代〜幕末・明治維新〜近代史、という大きな流れを大局的な視点で大東亜戦争を語られています。
 武力による戦いでは確かに日本は敗戦を喫しますが、しかし、戦争はそれで終わりではありませんでした。再び、植民地支配に戻ってきた西洋列強に対し、アジアは最後まで残った日本兵と独立義勇軍によって西欧列強を追い払い、次々とアジアは独立します。更に、アフリカ諸国の独立も相次ぎ、黒人差別に異を唱えるキング牧師の公民権運動にもつながったことも明らかです。
日本とアジアの大東亜戦争
 侵略の世界史を変えた大東亜戦争の真実
 
(もっと日本が好きになる親子で読む近現代史シリーズ) 単行本https://www.amazon.co.jp/gp/product/4892959650/ref=as_li_qf_sp_asin_tl?ie=UTF8&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4892959650&linkCode=as2&tag=japan2000-22
【「はじめに」より】 
 アジアの国々の独立戦争を助けた日本は、たとえ敵に降伏したとはいえ、西欧列強の植民地支配を打ちこわし、世界史の流れを大きく変えることに力をつくした国であることは、まぎれもない事実なのである。大東亜戦争は、わが国の歴史教科書にあるようなアジアで悪いことをやった戦争ではないことがわかるだろう。この大東亜戦争によって、戦後、アジアのいたるところで多くの国々が、長いあいだ苦しめられてきた西欧列強の植民地支配から解放されて発展をとげたこと、そして日本がそれらに力をつくした国であることに対して、日本人は、もっと大きな自信と誇りを持つべきなのである。日本の未来をになう子供たちが、この本を読むことによって、西欧列強の侵略から日本とアジアを守ろうとした、当時の日本人の勇気と努力、そして国民としての義務と責任感を学んでもらえればと思うしだいである。「はじめに」より
出版社からのコメント
 教科書には書かれていない、「本当の歴史」が、ここにある──15世紀から500年も続いた、西欧列強による植民地支配。この、白人による植民地支配に従わない国が、極東にひとつだけあった。それが、わたしたちの祖国、日本である──。
 なぜ戦争は始まったのか。本当に勝利したのは誰なのか
 この一冊で、「大東亜戦争」のすべてがわかる!
 本書の内容を紹介した動画をyoutubeでご覧いただけます。
http://www.youtube.com/watch?v=F8dT587G8Cg
▼日本軍の緒戦の勝利によって、アジア人は「自分たちも欧米人に負けない」という自信を持った。―― ゴー・チョクトン(シンガポール第2代首相)
▼わたしの心の中にアジア人としての自信がしだいに芽ばえてきた。マレー人だって日本人のように決心すれば、なんでもできるはずだと。――
   マハティール・ビン・モハマッド(マレーシア第4代首相)
▼インドが独立できたのは、日本のおかげである。われわれアジアの民は、日本に対する感謝の心をわすれてはならない。――ラダクリシュナン(インド第2代大統領)
▼あの戦争によって世界の至る所で植民地支配が打ちこわされました。これは、日本が勇敢に戦ってくれたおかげです。――タナット・コーマン(タイ副首相・外務大臣)

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2017年5月 7日 (日)

大東亜戦争は日本が勝った

 あの戦争の原因は何だったのか、当時の日本を取り巻く国際情勢はどうだっImage4たのかを考えず、ただ「敗戦国=悪者」、「戦勝国=正義」と定義した「東京裁判史観」を引きずったままの日本人には必読です。最近、「大東亜戦争は日本が勝った」と、英国人ジャーナリスト、ヘンリー・ストークス氏が語る「世界史の中の日本」が注目されています。このブログでも、白人支配から解放、民族の自主独立、人種差別の撤廃等々から、結果的には「戦勝国は日本だった」と拡散しておりますが、いつまでも敗戦史観・自虐史観を蔓延させて、ペコペコと謝り続ける敗戦国は皆無のはずです。
 「勝負に勝って試合に負けた」とは、武力や空襲による死者数などの単純な勝ち負けでは負けたものの、その後の対面や体裁、または争いが収まった後の経済発展、世界に及ぼした影響など、大局的な視点から観察することも大切です。
 つまり、米軍など連合軍は勝つことにのみ執着し、戦争犯罪である非戦闘員や民間人の大虐殺、原爆や化学兵器使用など、姑息な戦法を取る相手に正々堂々と挑んで負けたのが日本です。
 日本を壊滅させて安心したと思ったアメリカは、その後も朝鮮戦争・ベトナム戦争・湾岸戦争・アフガン戦争等々に引きずり込まれ、米国民は休まることを知りません。
■「大東亜戦争は日本が勝った」の「おわりに」から (以下はコピーペースト)201756_image0293
 今年は、東京裁判開廷から七十年目の節目の年を迎える。日本の最大の問題は、日本人が米国による洗脳を自覚することができないことだ。「日本は戦争犯罪をした」とか、「侵略戦争を起こした犯罪国家だ」などというまったくの虚偽を、真実であると思い込んでいる。日本人は、この無明から覚醒せねばならない。日本人は立派な民族である。日本は、戦争犯罪国家などではない。その誇りを取り戻し、いわれなき日本人の父祖に対する名誉毀損を打破することだ。三島由紀夫は、そのことを魂から訴えようとして、東京裁判が行われたその場所で、自決をしたのだ。
■真のA級戦犯は、東條でなく、ルーズベルト・チャーチル・スターリン、まさに、これを断言してくれる人を待ってました。関東大空襲も原爆も、民間人の家屋を狙った攻撃。白人がアメリカ大陸の先住民をほとんど絶滅させてしまい、アジアのほとんどの国を、植民地化し、搾取しまくっていた、それに抵抗した日本を、力づくで押さえつけようとした、ルーズベルト・チャーチル・スターリン、やっと、真実を語る人が出てきたと嬉しくなります。
■現在まで日本人がとり憑かれているGHQの「洗脳」を両断し、既に多くが亡くなりつつある戦前・戦中の記憶と体験を持つ方々の名誉回復を幇助し、戦後すぐからのGHQ式教育の誤りを指摘してくれています。著者が日本人ではないからこその客観的な視点と共に、平易な文章、痛快な内容で引きこんでくれます。何故日本人がこういう著書を出せないのか、少々恥じ入るところもあります。個人的には星10個つけてもいいと思える、全ての日本人が読まなくてはならない1冊だと思います。
■マッカーサーを直に見た(GHQの近所に住んでいたので)世代です。東京裁判があった子供のころから日本ばかりが悪いとは思っていませんでしたが、この本を読んでかなりの程度納得しました。となりの国の国民のようにいつまでも大騒ぎはせず、じっと我慢の上で努力するのが日本人のよさで、その結果がいまの国際的な位置を得たわけですが、大東亜戦争についてはそのきっかけになったいきさつなど、いつでも心中には引っかかるものがありました。慰安婦問題を含め、いつの日にか世界の人たちにも事実を理解してもらえるときが来るのを期待します。日本人は優秀な国民であることを誇りに持って行きたいものです。
大東亜戦争は日本が勝った─英国人ジャーナリスト ヘンリー・ストークスが語る「世界史の中の日本」
https://youtu.be/_wDOff6My-s

1章 日本が戦ったのは「太平洋戦争」ではない!
2章 「太平洋戦争」史観で洗脳される日本
3章 日本は「和」の国である
4章 世界に冠たる日本の歴史
5章 オリエントにあった世界の文明と帝国
6章 侵略され侵略するイギリスの歴史
7章 アメリカの「マニフェスト・デスティニー」
8章 白人キリスト教徒による太平洋侵略
9章 マッカーサー親子によるフィリピン侵略
10章 大日本帝国と西欧列強の帝国主義の違い
11章 大日本帝国は「植民地支配」などしていない!
12章 日本は中国を侵略していない
13章 アメリカによる先制攻撃の「共同謀議」
14章 大統領がアメリカ国民を欺いた日
15章 大英帝国を滅ぼしたのは日本だった!

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2017年4月 6日 (木)

「フィリピン」は屈辱の国名です。

 日本人が初めて欧州の白人と接触したのは、1549年、スペイン_2のザビエルがキリスト教を伝えたときとされますが、その数年前の1542年には、スペインはフィリピンを武力で征服し、時の国王のフェリペ2世に因んで「フィリピン」としました。
 現在、スペイン国王のフェリペ6世が来日中で、明日7日は天皇皇后両陛下とともに、久能山東照宮、静岡浅間神社などを訪問されます。なぜ、静岡県かと申しますと、1609年9月30日、スペイン領フィリピンの臨時総督ドン・ロドリゴら373名は、サン・フランシスコ号でメキシコに帰る途中、千葉県御宿沖で座礁して、多数の乗組員が御宿町岩和田海岸に漂着。この際、救助された317名が駿府城の家康のところに訪問し、様々の援助を受けて無事メキシコに戻Img07ることができたのでした。その二年後、スペイン国王のフェリーペ三世は、駿府の徳川家康にセバスチャン・ビスカイノ大使を正式に派遣し、家康に洋時計を贈ったそうで、来日中のフェリペ6世はその洋時計の鑑賞が予定されています。
 歴史を振り返れば、スペインは1542年の遠征隊がフィリピンを征服し、時の国王カルロス1世の子、後のフェリペ2世の名に因んでフィリピンと名付けたとされ、近年、フィリピンでは、征服者の名の国名を恥辱として変える動きがあるそうです。
 日本にも、スペインは返礼使節名目でビスカイノ大使を派遣していますが、最大の目的は日本列島の測量と、金銀が豊富にあるという伝説上の金銀島の探索だったそうですから、日本を植民地にする企ては明らかです。その後、フィリピンなどアジア諸国は、数百年にわたり白人から植民地にされた悲惨な歴史が刻まれますが、日本以外、欧米列強からのアジア侵略を食い止める国は無かったことも明らかです。
【馬渕睦夫】国難の正体<植民地支配>  
 https://youtu.be/X4AJ-rEdyD0
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2017年3月21日 (火)

戦争目的を達成した国はどこ?

  プロイセン(ドイツ)の将軍クラウゼヴィッツの「戦争論」に、「戦争に勝った敗00203200_けたかは、戦争目的を達成したかどうかによって決まる」とあります。また、「戦争は単に勝ち負けを争うのではなく、国益の確保という観点から複眼せねばならぬ」、「戦争とは、他の手段をもってする政治の継続である」ともされます。確かに、日本は大東亜戦争で白人連合国から徹底的に痛め付けられ形では負けましたが、日本の戦いぶりに感化されたアジア諸国民も、共に戦い全ての国々が独立を勝ち得て、更に、アメリカやアフリカの黒人にも人種差別撤廃の動きが広まり、今では、殆どが解放され日本は感謝されています。
  一方、形では勝った国の戦後はどうであったのか?、
 白人国家の殆どは植民地を失った結果、欧州の片隅に追いやられ、単独では経済も立ち行かなくなって、EU(欧州連合)などの共同体を作ってどうにか生き20110612160544ce5s延びています。また、アメリカも日本と同盟を組んだお陰で、どうにか力を維持していますが、今後は縮小に向かうと見られています。つまり、「大東亜戦争」は有色人種の、白色人種に対する壮絶な巻き返しであったことは事実であり、その当時、白人に対抗する気迫と軍事力を兼ね備えた国は、日本しかなかったことも明白でした。
  そして今、ミャンマー(ビルマ)建国記念日には、日本の「軍艦マーチ」や「日本陸軍の歩兵の歌」が流れ、フィリピンの独立記念のポスターには日本軍のポスターが貼られると共に神風特攻隊を英雄と称え、インドIndiachandraのオールドデリー市街のチャンドラ・ボース公園に立つインド独立義勇軍(INA)と日本軍人の像が建立されるなど、日本が植民地解放と人種差別撤廃のために戦ったことを称賛しているのに、当の日本人は未だに自虐史観の中にあります。白人支配から独立を勝ち得た国々には、日本も素直に喜ぶことが命を懸けて戦った父や祖父の世代の日本人、英霊への礼儀であるはずです。なのに特亜三国と一緒になって、日本は侵略国家だなど叫んでは祖先や先人の冒涜以外の何ものでもありません。クラウゼヴィッツの戦争論を借りれば、大東亜共栄圏や東亜諸民族の解放の旗印で戦った大東亜戦争の勝者は日本やアジア諸国となるはずです。因みに、かつて白人の植民地で奴隷扱いされたASEAN(東南アジア諸国連合)に加盟するインドネシア・シンガポール・タイ・フィリピン・マレーシア・ブルネイ・ベトナム・ミャンマー・ラオス・カンボジアの10カ国も、経済成長が著しく大東亜共栄圏が完成しつつあり、これは終戦後も諦めずに政治の継続を続けたことが日本の国益の確保につながっていることでしょう。
 「勝負に勝って試合に負けた」とは、単にその場の勝ち負けではなく、大局的に見て、その後に周囲や自身の成長などに及ぼした影響、また争いが収まった後の経済状態や信頼を高めた状況まで含めた視点から言えるはずです。

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2017年3月19日 (日)

アジアを解放した日本に感謝する

 15世紀の大航海時代以降、アジア・アフリカ・アメリカ・オーストラリアなImage1_3どで平和に暮らしていた有色人種は、火縄銃を手にした欧米列強の白人国家から大量虐殺のうえ、土地を奪われ植民地や奴隷扱いをされていました。
 アジア地域も、日本やタイ以外は全て白人から支配され辱かしめを受け、発展も希望もない時代が数百年も続いていました。そして、最後に残った日本は唯一の「アジアの光」、「最後の砦」、「アジアの盟主」として期待されていたのですが、ABCD包囲網という経済封鎖を敷かれ、更に、最後通牒(ハル・ノート)を突きつけられ、「自滅か戦争か」というギリギリの状況下にありました。
 そこで、日本は「座して死を待つより、戦って死すべし」と決断し、アジアの有志と「大東亜共栄圏」、「東亜諸民族の解放」というスローガンを掲げて立ち上がったのですが、欧米列強も「植民地が解放されたら大変」、「小生意気な日本を打ち砕け!」とばかりに戦いの火蓋は切られました。ところが、日本軍は植民地を支配する白人の軍隊を次々と打ち破り、同時期に独立した国々は、インドネシアやベトナム、フィリピンなど七か国に上ったはずでPhoto_2す。更に、独立を維持・継続させるために国民の教育や軍隊の設立と指導、インフラの整備などに力を入れたのでした。勿論、数百年の植民地支配の名残りも強く、それまでの宗主国、オランダ・イギリス・フランス・アメリカなどに忠誠を誓う国民もありましたが、国家の存亡を懸けて戦った日本に対して、今では、特亜三国以外はどの国々もアジアを解放した日本に感謝するとの多くの声があります。
 ただアジア解放の戦いは、米軍による国際法違反の原爆や空爆で戦闘員以外の無辜の民の死者を多く出して、天皇陛下の英断で道半ばで中止されたのですが、戦後の長い期間、GHQによる東京裁51iiv5thuyl__sx350_bo1204203200__2判史観の「日本の侵略戦争」という刷り込み受けた政治家やマスコミ、作家、教育者などから、多くの国民も洗脳されてしまいました。しかし、最近の研究や機密文書「ヴェノナ文書」の公開等から、徐々に真相が明らかになりつつあります。
 ところが、まだまだ日本を貶めたい勢力は、1940年(昭和15年)締結の「日独伊三国同盟」は、大東亜戦争とヨーロッパ戦争を連動させて世界制覇を目指したなどと位置づけています。また、当時から共産党国家・ソ連の南進を恐れ、まずソ連打倒の北進論がありましたが、近衛内閣は昭和16年4月13日に「日ソ中立条約」を締結し、「南進論」の立場を明確にしています。この決定には、ソ連のスパイ、尾崎秀実やゾルゲらが工作して南進決定を促した事実が判明しています。
  これには当時、第一級の思想家で東京裁判でA級戦犯とされた大川周明は、予09389731てから大東亜共栄圏を主張していますので、これを知る尾崎やゾルゲらが「これ幸い・利用できる」と支持し、近衛内閣を工作したことも容易に推測されます。つまり百歩譲って、アジア解放は目的でない。ただの結果論だとしても、開戦を決断した東条首相や、アジア解放論の大川周明の期待通りにアジアは解放され、人種差別の廃止などを果たした日本は評価されるべきで、諸外国の指導者からの感謝の言葉を素直に受け止めるのが自然なことです。
 何も、日本人が無理に真実と結果を捻じ曲げて、貶める必要はないはずです。
 あの戦争では、白人も有色人種も甚大な被害がありましたが、結果的に植民地は全て解放され、人種差別の撤廃などに果たした日本の功績は極めて大きく人類史に永遠に残るはずで、父や祖父の世代が命を懸けて戦ったからこそ、今の日本が存続しており評価されるのであり、もし、日本まで植民地になり奴隷にされていたらと想像すれば、本来の日本人なら自ずと正解が見えてきます・・・Image5Image4 
【KSM】日本はアジア民族を解放し救い出すと言う人類最高の良い事をした
元アムステルダム市長 エドゥアルド・ヴァン・ティン
  https://youtu.be/Eas0BHG3ifc
■武田邦彦
★なぜ白人は日本人を滅ぼしたがるのか?日本の行った戦争に意味は無かったのか? #武田邦彦 #武田教授  
https://youtu.be/TbNU-6QWg7Y
■1943年(昭和18年)11月5日-6日に東京で開催されたアジア地域の首脳会議
大東亜戦争の大儀・アジア諸国の独立>・
大東亜会議・大東亜結集国民大会・東條首相演説   
https://youtu.be/YWu2KHQDWFQ
 

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2017年3月14日 (火)

やはり、技術立国・日本は強い。

 石油と観光しか取り柄がないとされるサウジアラビアが、石油に2017314_mage2依存しない国を目指すそうです。日本は、米国からシェール層の原油や天然ガスを安定輸入できる見通しや、将来は近海のメタンハイドレートの実用化などから石油不要の時代が到来すると見られ、石油輸出国の焦りもあるのか、サウジアラビアのサルマン国王が約1千人を伴い来日中です。
 昨日は「サウジアラビア・ビジョン2030」という長期政策を発表し、石油依存経済からの脱却、住宅、医療福祉、教育など生活向上を図る方針を確認していますが、シンガポールの初代首相のリー・クアンユー氏が日本を真似て成功したことを知ってのことでしょう。
 なんだかんだ言っても、資源に頼らない技術立国・日本はドイツと並んで強いという実感です。70年前の戦争で国中が焦土と化した日本やドイツでしたが、あれよあれよと言う間に経済復興を果たした姿に、世界から驚きと羨望の声が上がったものでした。この不屈の精神と復興の速さは、国民一人ひとりが持つ潜在能力であり、伝統と確かな技術に裏打ちされた生産現場だったはずです。しかし、この技術力は突然身に付いたものでなく、縄文からの土器、漆塗り、ヒスイ加工等々の技術をはじめ、種子島伝来の火縄銃を短期間Photo_2で国産・量産化した刀鍛冶、寺院や城郭、橋梁などの建築技術、幕末期、黒船など来航時には蒸気船を真似て造ったり、蒸気機関車の模型から数年後には本物の蒸気機関車を走らせるなどの貪欲な精神は、縄文の昔からの蓄積と民族に備わった知恵があるはずです。果たして、特製タラップや高級車をズラリと並べて訪問したサウジアラビアの成り金集団に、一から学ぶ精神があるのでしょうか・・・・2017316image4
(別紙1)「日・サウジ・ビジョン2030」(概要:日本語)(PDF形式:845KB)PDFファイル

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2017年2月28日 (火)

注目!神戸開催の「RCEP」交渉

 東アジア地域包括的経済連携(RCEP)交渉が、2月27日~3月3日まで16か国が参加し神戸Rcepで始まりました。米国のTPP離脱を表明した中で、安倍総理も「軸足は RCEPに移っていくのは間違いない」と発言しています。RCEPには、天皇皇后両陛下がまもなくご訪問のベトナムやタイも参加しています。
 さて、大東亜戦争後、アジアで工業国として発展したのは、言わずと知れた韓国台湾、 また中国の東北(旧満州国)です。そこは日本が影響力を示し育てた地域でもあります。2010年のASEAN会議に、オブザーバーで出席した韓国代表が、議題とは関係ないAseanimage2日本批判を始めたそうですが、このときインドネシア代表が韓国代表に語った言葉が注目されていました。
 「韓国人はどうやらASEAN諸国を見下しているようだ。我々は確かになかなか発展できないでいる。しかし、もし日本がそばにあったら、現在のようなASEANではなかったはずだ。日本が隣にあれば、どんな国家でも韓国程度の発展はできる韓国の成功は、100%日本のおかげであって、別に韓国が誇れるようなものではない。韓国人が恩を受けた日本人に感謝ひとつできない人達であることが我々にはまったく理解できない。我々は戦前に日本から受けた恩に今でも感謝している。永遠に忘れる事ができないものだ。その結果できたのが、今ここで開催しているASEAN首脳会議である。」と語っています。ASEANと日本の立ち位置をよく表している発言とされます。
 欧米列強による植民地支配は、まず、軍事力で徹底した破壊と殺戮を行い、国民を奴隷として支配下に置き、そこから全てを搾取する政策だったそうです。しかし日本は逆で、その国民の教育水準や軍事力を高め、技術移転や経済支援などによって、その国が日本と共栄することを願ったそうです。このインドネシア代表の発言は、インドネシア人に対するオランダの弾圧と愚民化政策を批判した発言でしょう。
 インドネシアに限らずアジア諸国は、欧米の植民地として数百年も支配され、貧困と隷従に喘いでいましたが、日本軍の国家の存亡をかけた戦いにより、 ABCD包囲網を突破し、植民地軍を追い出したのです。そして、全ての植民地を失った白人国家は富を失い、欧州の片隅で貧乏国家に没落しています。しかし、アジア諸国は逆にASEANRCEPなど様々な共同体構想を模索しつつ発展を続けています。益々、日本の役割が大切なのですが、中国との主導権争いも注目されています。

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2017年2月21日 (火)

天皇陛下のベトナムご訪問の意義

 天皇・皇后両陛下は、2月28日~3月6日までベトナムとタイにご訪問さ2017222image0241_2れ、終戦後もベトナムに残留してベトナムの独立に貢献された元日本兵の家族とご対面されるそうです。元日本兵のご家族はいわれなき差別や、その後のベトナム戦争に従軍するなとでご苦労されたそうですので、陛下との面会できっと名誉回復されることでしょう。
 昭和20年の終戦後も、ベトナムに残留した日本兵約600名は、ホー・チ・ミン率いるベトナム独立同盟(ベトミン)に協力し、仏軍の植民地奪還を退けた功績により戦功勲章と抗戦記念徽章を授与されています。しかし、日本は日米安保や共産圏との対立から、評価せずに隠蔽していました。一方、ベトナムも残留兵の活躍を封印していたのですが、日本との関係が改善された近年、ベトナムの新聞がホーおじさんの兵士になった日本兵と題して、日本残留兵が教官を務めたベトナム初の陸軍士官学校元幹部の手記を掲載し、「近代的な軍に変わろうとしていたベトミン軍には日本軍の支援が必要だった」と大きく報じたのでした。
 ベトナム軍は「ベトナム戦争」でも、米・豪・韓国軍などを全く恐れず退けましたが、その不屈の精神や戦術は日本兵教官仕込みだったのです。この経緯からも、日本軍はアジアへの侵略者ではなく植民地解放軍であったことを、ベトナムや日本人は勿論、国際社会もシッカリ認識しImage1_3て欲しいものです。なお、アジア諸国の独立に貢献したのはベトナムだけでなく、インド、ビルマ、フィリピン、カンボジアなど殆どです。日本は、アジア諸国が白人から数百年も植民地支配され、かつ、日本も植民地として狙われている現実から、遂に立ち上がった唯一の国でした。それを認めないのは、特亜三国と東京裁判を受け入れ自虐史観に凝り固まった日本人であり、「戦後レジームからの脱却」は、まず「東京裁判史観からの脱却」であると思います。天皇陛下のアジア諸国のご訪問は、「天皇陛下バンザイ」と命を捧げた英霊の皆様の慰霊であるとともに、勇敢に戦った元日本兵の慰めとなり、脱却の第一歩になるはずです。
米国人弁護士が断罪する東京裁判という茶番 | 書籍編集部コラム
■【正論】歴史共鳴する日越の連帯強化を ジャーナリスト・井上和彦
独立のために戦った元日本兵≫  
 もう一つ、日本ではあまり知られていない日越交流秘話がある。1945年8月15日、大東亜戦争が終結しても、なお約800人の日本軍将兵000204203200_がベトナムに残り、その多くがベトナム独立のために、インドシナ支配を再びもくろむフランス軍と戦ったのである。同年9月2日、ベトナム民主共和国の独立を宣言したホー・チ・ミンは、日本軍の兵器の譲渡を求め、残留日本軍将兵らにベトナム人指揮官の養成を願い出た。かくしてベトナム中部クアンガイに、グエン・ソン将軍を校長とする指揮官養成のための「クアンガイ陸軍中学」が設立された。この学校は、教官と助教官が全員日本陸軍の将校と下士官というベトナム初の「士官学校」であった。クアンガイ陸軍中学は、ベトナム全土から選抜されてやってきた青年が、実戦経験豊富な日本人教官から日本陸軍の戦術をはじめ指揮統制要領を学んだ。フランス軍は目を疑ったに違いない。少し前まで非力だったベトナム人が、見違えるように強くなり、しかも見事な近代戦を挑んできたのだから。現代ベトナム軍の基礎は旧日本陸軍によって作られたのである。そして元日本兵が最前線でベトナム人を率いて戦った。第1次インドシナ戦争ではフランス軍との戦闘で多くの日本人が戦死している。中には、その後のベトナム戦争でアメリカ軍と戦った者もいたとみられている(『世界に開かれた昭和の戦争記念館』展転社)。
■【Front Japan 桜】中朝関係の行方 / 天皇皇后両陛下ベトナム訪問と独立戦争を戦った残留日本兵-井川一久氏に聞く[桜H29/2/21]
    https://youtu.be/-Fo2ct5gFnA
 

第1回 仏印進駐の知られざる物語
http://web.soshisha.com/archives/vietnam/2007_0802.php

第2回 植民地政府を解体した一夜の奇襲作戦
http://web.soshisha.com/archives/vietnam/2007_0823.php

第3回 ホー・チ・ミンの軍隊で戦った日本人
http://web.soshisha.com/archives/vietnam/2007_0906.php

第4回 現地校卒業生、命がけのベトナム残留
http://web.soshisha.com/archives/vietnam/2007_0920.php

最終回 源流は大東亜戦争にあり──戦後日本のベトナム支援
http://web.soshisha.com/archives/vietnam/2007_1004.php

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