01、個人的に関心を持った話し

2017年9月22日 (金)

米国、リンカーン大統領の表と裏

 今日9月22日は、リンカーン大統領が153年前の1863年に奴隷解放を宣言を日とされ000redfoxます。偉人の伝記には、その人物が幼い頃からさも優れていたとしか書かないもので、誤った情報をインプットすることが多いものです。その誤った一人が、“キリスト以来の偉人”と賛美される奴隷解放のリンカーン大統領です。
  1861年3月4日、第16代アメリカ合衆国大統領に就任すると南北戦争で北部を指導、1863年9月22日に奴隷解放宣言を出し、合衆国では「偉大な解放者」「国家の統一と民主主義を守った」と尊敬されています。しかし、アメリカ大陸には1万年以上前から先住民(モンゴル系アジア人種のインディアン)が暮らしていたのに、1492年にコロンブスが新大陸発見と主張、その後、多くのヨーロッパ白人が移住しアフリカ黒人を奴隷にして発展、1776年にアメリカ独立宣言で合衆国が建国され、リンカーンは1861年3月4日、第16代アメリカ合衆国大統領に就任し、1863年9月22日には奴隷解放宣言を美化しても、インディアンは滅ぼすべき害虫と虐殺を続けたことは知られていません。
 リンカーン大統領が、インディアンを虐殺を主導した代表例が、
・1862年の「ダコタ・スー族戦争
・1864年の「ナハボ族強制収容」などが知られています。
 そして、数千万人だったアメリカ先住民は激減し、今では25万人を割るそうですから、約400年間で、5000万~1億人の先住民が虐殺されたとも言われています。
リンカーンは黒人奴隷を解放するもインディアンは迫害&虐殺していた!?   https://youtu.be/pGk45da3JqM  

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2017年9月18日 (月)

実践すべき「常在戦場の心構え」

 衆院解散・総選挙の噂が流れて以来、巷から常在戦場の言葉がImage1聞こえています。
 常在戦場とは、常に戦場にある心を持って事に処すという、武士世界の常に死を覚悟して生きる、最も厳しい言葉の一つと思います。
 この言葉は長岡藩に伝わる教えで、長岡藩初代藩主・牧野忠成の家訓が長岡藩の藩風になったとされます。そして、幕末には軍事総督の河井継之助や大参事の小林虎三郎が、或いは戦争当時は連合艦隊司令長官の山本五十六をはじめ、多くの人々が自分を律する格言や部下への訓示で述べています。近年では、小泉元首相の所信表明で、「米百俵の精神」こそ今日の我々に必要だと、「常在戦場」の言葉を引用して演説し、これをマスコミが大きく取り上げてから全国的に知られる言葉になりました。
 最近は、特に衆議院議員は「いつ解散があっても常在戦場のつもりで緊張感が大事だ」などと用いられています。勿論、いつでも選挙の洗礼を受ける覚悟で選挙民との絆を大切にしたり、政治家として日々研鑽を怠らない決意を示しているのでしょうが口先だけで軽く使われ過ぎです。特に、人の上に立つ決意をした人物は、常に死を覚悟して生きるという厳しさを知り、軽はずみな言動を控え、誤解を受けない人間関係を築くなど常在戦場の精神を根本から実践して欲しいものです。
 尚、1840年(天保11)の三方領知替え事件は、川越藩を庄内へ、庄内藩を長岡へ、長岡藩を川越へ転封の企てでしたが、庄内藩の農民一揆で失敗しています。もし、長岡藩が川越に転封されていたなら、幕末の歴史が大きく変わったはずです。
長岡藩 家訓 「常在戦場」 - kakunist ページ!


解散論 公明代表「常在戦場」 - Yahoo!ニュース - Yahoo! JAPAN
■映画「米百俵」小林虎三郎の天命"Kome hyappyo"
  https://youtu.be/kn7I1ViPLVE  

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2017年9月14日 (木)

前原代表の危機管理能力は?

 前原誠司代表が率いる民進党新執行部が9月5日、船出したばかりで01zlbすが、早速、内定していた幹事長人事案が覆るなど数々の混乱が付きまとっています。幹事長候補とされた山尾志桜里議員の離党、また噂の離党予備軍への対応など危機感が全くない印象です。
 その危機意識がない証に、今度は前原誠司代表自身の北朝鮮旅行でのハニートラップ疑惑が持ち上がりました。前原氏は1992年と1999年の2回、北朝鮮を訪れ、特に、99年の訪朝は国会会期中の極秘訪朝だったそうで、北朝鮮美女と大自然をバックに、親密に身体を寄せ合いカメラに向かって微笑む前原氏の姿が週刊文春に掲載されました。今頃暴露されては、結果的に極秘訪問だったのか疑問ですが・・・危機管理能力がないことだけは明らかです。日本の国会議員のモラルは低下し、まるでポルノ劇場のような危機感のなさを露呈しています。Img_5a28f5039357e2ccc7bf3d50a099011

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2017年8月30日 (水)

「勝てば官軍 負ければ賊軍」

 今日8月30日は、昭和20年のこの日、厚木飛行場(大和市、綾瀬市)に1945830_02、連合国軍最高司令官、マッカーサー元帥が悠然とコーンパイプをくわえて輸送機から降り立った日です。
 さて昭和20年12月7日、朝日新聞が大東亜戦争を太平洋戦争と最初に使用しています。その直前の9月19日には、「プレス・コード(日本に与うる新聞遵則)」により、マスコミへのGHQの規制が強化され、「『大東亜戦争』『大東亜共栄圏』『八紘一宇』『英霊』の如き戦時用語」の使用しないように指令され、GHQの検閲が強化されています。つまり、「大東亜戦争」の呼称も、GHQの言いがかりで「太平洋戦争」と言い換えますが、それまで日本では、亜細亜を白人国家からの植民地支配から開放させる戦争目的があったのです。しかし、日本軍の捨て身の戦いによって、本当に亜細亜の植民地が白人から解放されたことは、白人国家側が悪いイメージを持たれるからと「太平洋戦争」に変えさせたのであり、この強い洗脳は今でも見事に日本国民の殆どに浸透しています。
  「勝てば官軍 負ければ賊軍.」とは、道理にかなわなくても勝った者が正義となり、負けた者には不正の汚名がきせられる意です。また、成功者には、その過程に不正があっても不Hqdefault問にされることにも用いられます。先日、8月15日のWBCバンタム級タイトルマッチで、山中慎介選手を破ったメキシコのルイス・ネリ選手の試合前のドーピング検査で禁止薬物の陽性反応が出たそうですが、無効試合確定になるか、王者空位にするのか、山中をチャンピオンのままにするのか、それとも「勝てば官軍.」論を適用するのか注目されます。
 「大東亜戦争」では、当時の戦時国際法でも禁止なのに、日本の各都市への無差別爆撃や広島・長崎への原子爆弾投下によって、多数の民間人が虐殺され明らかに戦争犯罪だったのに、「勝てば官軍」論で、特亜三国はもとより、自国民からも批判され、当時の指導者や靖国に祀られた英霊までも軽視されています。
 今の日本人なら、ドーピング違反のルイス・ネリ選手を讃える理屈になるはずです。

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2017年8月28日 (月)

平和こそ最大の福祉が理念の国

 スウェーデンは8年ぶりの徴兵制復活ハリネズミ防衛戦略平和こそが最大の福祉を理念とし、「いかにImage0340_3戦争をしないか」が国会の最大の責務としつつ、対GDP比(2012年)の2.0を防衛費に割り当てています。
 さて、内閣府が今年行った「国民生活に関する世論調査」では、「医療・年金等の社会保障の整備」が65.1%でトップ、「防衛に力を入れて」が過去最高36%に上がったことを憂慮しているように見えます。これほどの危機だというのにまだまだノンビリした印象です。
 また、防衛省は2018年度予算の概算要求について、過去最大の5兆2551億円とする方針と発表されました。これらは、北朝鮮情勢からとみられ、来年度は弾道ミサイル防衛強化のため、陸上配備型の迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の基本設計費や、日米が共同開発し、速度や飛距離など能力を高めた迎撃ミサイル「SM3ブロック2A」も調達の予算のようですが配備が遅すぎます
 福祉政策などで日本が目標とするスウェーデンでは、「平和こそが最大の福祉」が理念とし、「いかに戦争をしないか」が国会の最大の責務であると称賛されますが、徴兵制を復活するなど、防衛予算も相応に多額になることを覚悟しています。日本も対GDP比防衛費1%枠にいつまでも捉われずに、せめてスウェーデン並みの2.0に高めて欲しいものです。

 

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2017年8月26日 (土)

NHK自虐史観報道は夏の風物詩?

NHKの夏の風物詩?は、先の大戦に関する自虐・反日プロパガンTakeyali_kunrenダ番組のオンパレードでしょうか。先日10数人の会合で、70歳位の参加者が「日本は女子供まで竹やりの訓練を始めたから、一般国民まで空襲で殺された」と、まるで殺されても仕方ないように語り始め驚きました。このことは今年の盆ころ、NHKで「本土空襲 ~日本はこうして焼き尽くされた」とのタイトルで放映していたそうです。
 因みに、日本軍は国際法に従って、真珠湾攻撃でも、軍事施設しか攻撃しなかったのに、連合国は日本の民間人を、殺して殺して殺しまくっていました。ところが、連合国は東京裁判で、「平和に対する罪」や「南京大虐殺」を捏造してでっち上げても、自らの極悪非道ぶりを隠蔽し正当化するために、日本を悪役に仕立てた裏事情があったことを忘れてはなりません。
8月12日(土) 本土空襲 ~日本はこうして焼き尽くされた
8月12日(土) BS1 スペシャル 長崎 幻の“原爆ドーム”
8月12日(土) ETV特集 原爆と沈黙~長崎浦上地区の受難~
8月13日(日) BS1なぜ日本は焼き尽くされたのか~米軍幹部が語った“真相”~
8月14日(月) 証言ドキュメント 忘れられた戦場~樺太・40万人の悲劇~
8月15日(火) ラジオ第1太平洋戦争への道 ~戦前日本の歴史の選択~
  このような番組作りの傾向に参議院議員の青山繁晴氏も、
 「一番問題なのは8月なんですよ。というか8月に向けて。戦争に向けての話を、例えば元兵士の証言を集めて、繰り返し繰り返し放送するでしょ?それは全部日本軍は悪かった!日本は悪い事しました!という証言だけをやる訳ですよ。ところが記者時代に友達になったNHKの社会部とか政治部の奴、経済部もそうだけど一杯いますけど、彼らから直接聞いている話はね、違う証言があったらこれはカットすると。つまり日本は日本なりに正しい事をやろうとした、という証言があったら放送しない。公共放送だったら、日本は悪い事したという証言と、いやそうじゃないんだと、アジアの独立は日本が助けたんだという事と両方やって公共放送でしょ?少なくとも事実に即して慰安婦問題でも南京でももっとNHKは発言するはずが、日本が悪かったという放送をずっと繰り返してるから。だから公共放送じゃないって言ってるんですよ」
 と語っています。このような繰り返しの報道で「日本人は残虐、殺されて当然」と刷り込まれた日本国民は多いはずです。
【青山繁晴】NHKがなぜ反日偏向報道を繰り返すのか「NHKの正体は○○」    https://youtu.be/_D-9ahl4tIw
 

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2017年8月24日 (木)

アメリカの人種問題は複雑過ぎる

 日本では南北戦争(1861~1865)は「奴隷解放の戦い」と教わりますが、2017824image2実際は北部(保護貿易、奴隷解放)と南部(自由貿易、奴隷解放反対)の戦い、或いは「農業国VS工業国」の戦いとも言われています。戦いは北軍が勝利し、結果的に奴隷解放されたことで、リンカーンが尊敬される理由とされます。ただ、南北戦争後の1860年代後半に、南部の黒人差別運動からKKK団(白人至上主義者)が組織されるなど、混乱は今に続いています。
  最近、米南部バージニア州で南軍司令官のロバート・リー将軍像などの撤去計画から、トランプ大統領は「偉大なるわが国の歴史と文化が、美しい彫像や記念碑の撤去によって引き裂かれるのを見るのは悲しい」、「歴史を変えることはできないが、そこから学ぶことはできる」と述べたそうです。南軍関連の銅像は全米で約700体あるそうですが、奴隷解放の大義のために戦った南軍司令官たちの銅像は「南部の誇り」を体現しているから、白人層の多くは撤去に否定的と言われています。
  それにしてもアメリカの白人は「KKK(白人至上主義者)」やヒトラーの思想を支持するネオナチの他に、WASP(ワスプ)「W=White(白人)、AP=Anglo-Saxon(イギリス系)、P=Protestant(プロテスタント)」、ユダヤ人などの存在など複雑過ぎて良く理解できません。また、最近は黒人だけでなく、アメリカ先住民(インディアン)の土地を奪い虐殺したとして、コロンブスやリンカーンにも矛先が向かっているそうで、特に、黒人解放のリンカーンが大統領時代にネイティブアメリカン(インディアン)の虐殺を指示した歴史は隠蔽されている現実があります。
 つまり、リンカーンが中途半端に奴隷を解放したことを賛美するなら、大東亜戦争で白人の植民地支配を終結させ亜細亜・アフリカ諸国を解放し、人種差別を撤廃国家平等の原則を確立した日本の功績は人類史に燦然と輝ことでしょう。
■最期の一撃 第十六話 アメリカン・インディアンと日本人   https://youtu.be/9VKaW8I_Vro  

大東亜戦争は「植民地解放」と「人種平等」を実現した戦いだった!【真珠湾攻撃74年】https://youtu.be/U7AsnClmn-w  

母なる大地を守りたい ~立ち上がるアメリカ先住民~ (前編)   https://youtu.be/51Xu5Dwkrh4

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2017年8月20日 (日)

みちびき4機体制で誤差6㎝以内

 内閣府が整備を進める準天頂衛星システムみちびき」は、平2017820image12_2成22年9月11日、鹿児島県の種子島宇宙センターからH-IIAロケット18号機で一号機が打ち上げられて以来、「みちびき2号機」が今年6月1日、更に、8月19日に「みちびき3号」が打ち上げられました。そして、4号機も年内の打ち上げを予定しており、来年度から4機体制による本格的な運用が始まり、いよいよ誤差6cm以内という正確な位置情報を知ることになるそうです。
 この「みちびき」は、米国のGPS衛星が軍事利用が主目的としているのと異なり、日本では民間利用が前提であり、車の自動走行や工事現場、農機の自動運転に利用すれば、建築作業や耕作、除草作業にかける手間を大幅に軽減できると見込まれています。その他の利用についても、内閣府の事例紹介ページでも確認できます。
 勿論、世界一の正確性は隣国からは喉から手が出るほど欲しい情報でしょう。
見上げれば宇宙から照らす道しるべ~準天頂衛星初号機「みちびき」   https://youtu.be/yrPxZhwwDN8  

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2017年8月18日 (金)

8月18日は天台宗最澄の誕生日

 今日8月18日は、神護景雲元年(767)8月18日、天台宗を開いた伝教Image大師・最澄の1251回目の誕生日だそうですから、仏教のことを少し勉強しておきたいと思います。
 最澄は、今の滋賀県大津市坂本本町の一帯を統治していた三津首という一族の百枝は子どもに恵まれず、日吉大社の奥にある神宮禅院に籠もり、子どもを授かるように願掛けしたところ叶って男の子が誕生し、広野(ひろの)と名付けられました。この広野こそ、後に比叡山に登り天台宗を開いた最澄であり、誕生地は、現在の大津市門前町坂本にある生源寺だそうです。
  そして、最澄より7年後の宝亀5年(774年)6月15日には、現在の香川県善通寺市(讃岐国多度郡屏風浦)で、後に空海と呼ばれる佐伯真魚(まお)が誕生しています。この最澄も空海も、延暦23年(804)に出発した遣唐使船で唐へ渡った以来ライバルとされます。しかし、最澄0000204203200_は唐に渡る前から名僧と呼ばれ唐への渡航滞在費用も国持ちの超特待生扱い、一方、空海は無名の僧侶で自費で加わった程で何も期待されていませんでした。しかし、空海が持ち帰った密教に桓武天皇の皇子の嵯峨天皇が興味を示し後ろ盾となったことが、最澄と空海がライバルとなった始まりとされます。
  そして、空海の真言宗は完成度が高いとされ純粋な形で現在に伝わっているそうですが、最澄の天台宗は未完成の部分が強かったことが、逆に真言宗から離れて発展し、幾多の高僧が比叡山から誕生した要因とも言われています。因みに、比叡山延暦寺からは、浄土宗(法然)、浄土真宗(親鸞)、曹洞宗(道元)、臨済宗(栄西)、日蓮宗(日蓮)、時宗(一遍)などが誕生し「日本仏教の母山」として、日本仏教の歴史に強く影響し発展しています。根本中堂には1200年以上の間、一度も消えたことがない「不滅の法灯」が一隅を照らすという教えを伝えています。また、空海も、全国を行脚して民衆に近い存在として密教の普及に尽力し、特に四国のお遍路では「同行二人(どうこうににん)」と「空海と一緒に修業に励む」ことを教えていますが、最澄・空海ともに日本仏教の礎を作った偉大な人物でしょう。
空海と最澄   https://youtu.be/AjFJt9vwSvk

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2017年8月 9日 (水)

今上天皇の退位と「戊午の密勅」

 昨年の8月8日、天皇陛下の御言葉によって退位の決意を述べられたことは、幕末の孝明天皇が不Koumei_image平等な日米修好通商条約に怒り、幕府を飛び越し戊午(ぼご)の密勅を水戸藩に下しつつ天皇の最大の抵抗手段とされる退位を決意されたことを連想しました。これは祖父・光格天皇の退位を見ての決意だったのでしょう。
 よく、平成の世は幕末期に似ていると言われますが、皆さんはどの辺りが似ていると思われるのでしょうか。来年2018(平成30)年は「江戸幕府、一夜むな(1867)しく崩れけり」の明治維新から150周年という大きな節目を迎えます。
 一般的に「幕末はペリー来航の1853年で始まり、戊辰戦争の箱館戦争1869年で終わった」とされ、司馬遼太郎は「幕末は清河八郎が幕を開け、坂本龍馬が閉じた」とも、或いは、「幕末は水戸藩の尊皇攘夷で始まり、天皇家と密接だった長州藩が閉じた」とも言われます。徳川御三家の水戸藩と、関が原以来の徳川に積年の怨恨を持つ長州藩・毛利家とは数奇な運命で結ばれていたのでした。事実、水戸藩藩校「弘道館」には、明治維新で名を残す長州藩の吉田松陰や薩摩藩の西郷隆盛、福井藩の橋本佐内0099856らが留学し、水戸藩の藤田幽谷、藤田東湖、会沢正志斎らから、尊王攘夷思想の源流とも言える水戸学を学んだとされます。
 さて、平成28年8月8日の天皇陛下の退位を示唆した御言葉は国民に大きな波紋を呼びました。この御言葉から、安政5年(1858年)井伊大老が朝廷の許可を得ずに日米修好通商条約に調印したことに、孝明天皇は「退位もやむなし」と決意されたことを思い浮かべたものでした。この安政の五か国条約と呼ばれた不平等条約は、米、蘭、露、英、仏と結ばれ、日本は長い期間苦境に立たされ、1904年日露戦争で勝利した7年後の1911年にようやく関税自主権の回復がなされました。
 しかしながら、再び1945年の終戦によって占領憲法を受け入れ、且つ日米安保条約の地位協定等によって、米国にもの言えぬ日本が続いています。この占領憲法の第一条には「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」とあっても、戦後の天皇は日本国民の総意ではなく、GHQの総意で決まったと解釈されています。つまり、戦争責任は回避されたものの、日本国民の誰からも投票やアンケートで確認していない、占領憲法下で象徴天皇が誕生したと解釈されます。このことは、孝明天皇が幕政の刷新と大名の結束を説く戊午の密勅を水戸藩へ下したことに端を発し、井伊大老は水戸藩や長州藩、薩摩藩、福井藩などの優秀な人材を安政の大獄で次々と処刑し、孝明天皇は幕府の言いなりを強要され、四面楚歌となった当時と酷似しているのでしょうか。
  天皇陛下は高齢による、「国事行為や、その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには、無理があろうと思います」と述べつつも、遠慮ない皇室批判や皇位を安定継承する男系・男子の先細る皇室への無理解、外国軍に支配された中で象徴天皇をつとめることの矛盾から四面楚歌を感じておられるのでしょうか。天皇陛下の御言葉は、政府を飛び越して、直接国民に呼びかけた平成の密勅のようでなりません。
象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば(宮内庁提供)     https://youtu.be/d35qY42vnZQ

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