2019年5月25日 (土)

「愛国」の言葉が生れた美談

 大伴部博麻(おおともべのはかま)は、自分の身体を奴隷として敵国に提供してまで日本を守りPhoto_1たかった、約1300年前の無名の兵士です。私達は、簡単に「愛国心」があるとか無いとか言いますが、この話を知りますと簡単には使えないほど深い意味があります。
 この「愛国」の語源は、第41代・持統天皇(645~703年)が「大伴部博麻(おおともべのはかま)」を称えた
朕嘉厥尊朝愛国売己顕忠」という勅語(天皇の御言葉)からと知りました。
大伴部博麻(おおともべのはかま)は、飛鳥時代の名も無い大和の一兵士でしたが、663年の「白村江の戦い」で敗北し、唐(中国の国)の捕虜となります。
 「白村江の戦い」は、唐+新羅vs百済+大和政権の戦いで、日本軍は唐の水軍に敗北しています。この戦いの中で、「大伴部博麻」は唐の捕虜となってしまい、長安(唐の首都)に連行されるのですが、ここで、日本からの遣唐使の4人に出会います。そして、長安で捕虜生活をしていると、「唐が日本を攻めようとしている」との話を聞き付けます。この情報を早く日本に伝えたい「大伴部博麻」ですが、日本に帰るお金が全くありません。そこで「大伴部博麻」は自分を奴隷として売り、4人の遣唐使に渡し、日本に帰らせ「唐が日本を攻めようとしている」ことを朝廷に伝えたのでした。
 大和朝廷は、北九州に防人を配備して侵略に備えましたが、幸いにも唐は攻めてきませんでした。そして、奴隷生活を30年近く経ったころ、ようやく、日本に帰ることが出来ます。日本に帰ると、「持統天皇」は日本を想う捨て身の功績を称え「朕嘉厥尊朝愛国売己顕忠」という勅語を与えたのでした。この大伴部博麻の碑は、福岡県八女市の北川内公園内にあって、
右の柱には「尊朝愛国(そんちょうあいこく)」
左の柱には「売身輪忠(ばいしんゆちゅう)」とあります。
 なお、勅語(ちょくご)とは、天皇が公式に発する公務上の意思表示(天皇の声明)であり、現在では「おことば」と呼ばれています。右上の写真はグーグルからですが、この碑の管理状態は、近年の「愛国」という言葉同様の印象を見せています。

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2019年5月23日 (木)

「アマリリス」が咲いた

“みんなできこう 楽しいオルゴールを ラリラリラリラ~ しらべはアマリリス♪♪”
 この「アマリリス」の歌と聞きますと、何故か遠い昔の子供の頃を思い出します。
 始めて貰ったオルゴールの音楽だったのです。この音楽は元々はフランス民謡だそうですが、日本人が歌詞を付けたとあります。曲や歌詞は可愛らしい素朴なイメージですが、アマリリスの花は大きく派手で、迫力があります。花言葉を調べますと、『おしゃべり』、『誇り』、『輝くばかりの美しさ』、『虚栄心』などがありますが、どれも縁がないような言葉ばかりです。
 我が社には、紅白あるのですが、赤は満開状態で、白は蕾が大きく膨らんで間もなく咲きそうです。白も咲いたら、ここにプラスして紹介しようと思います。

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2019年5月19日 (日)

少しは「聖書」を勉強して見ますか

 最近、少しは「聖書」を勉強する気持ちになり、「聖書」と「歴史と聖書の預言」を購入しました。5000025200_ 浜松ホトニクス(通称・浜ホト)の晝馬輝夫元会長(1926~2018) は、ノーベル賞受賞に3度も貢献したほか、キリスト教徒ではありませんが、「福音書には絶対的真理がある」と毎日聖書を読むことを日課としていたそうです。
 最近、晝馬元会長がナゼこれほど信じ込んで学んでいたのか、そのヒントになる話を聞く機会がありました。それは、聖書では「人間は人間を救うことはできないので、神様から人間に手を差し伸べた」という話です。一般的に仏教などの宗教は、「こうしたらいい」、「ああしてはダメ」などの戒律を守ることで、人間が神に近づくための哲学を教えています。
 それが、キリスト教では「人は自力救済が不可能だという前提」があるそうです。
 ほかにもキリスト教は「神の啓示」であって、神が歴史に介入した歴史的記録が聖書であることや、「キリストの復活」など歴史上の事実を基礎に誕生したということです。それに、旧約聖書のエゼキエル書38章には、まるで現在の中東情勢やEU、ロシア、ローマ法王などの動きがそのままが書かれているようだとも言われています。
 聖書は、累計頒布数4000億にも上るベストセラーとされ、キリスト教の経典としてだけでなく、歴史書であり、未来に起きることが書いてある預言の書とされますから、ただ「胡散臭い」として食わず嫌いでは損なことです。とわ言え、クリスチャン(盲目的に従う「キリスト馬鹿」のこと)になるつもりは有りませんので、布教目的などの訪問はお断りいたします。

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2019年5月16日 (木)

報道されない靖国神社関連の話

 多摩地域に住む友人の義父がB級戦犯として、巣鴨拘置所に収監されるも不起1945_image6訴となりますが、収監当時に書かれた寄せ書きを亡くなるまで大切にしていました。この寄せ書きにはA級戦犯として処刑された東条英機元首相らの書き込みもある貴重なものですが、 義父が今年亡くなったのを機に、先日、靖国神社に奉納されたそうです。数年前も、巣鴨プリズンに収容されていた東条英機元首相らA級戦犯二十数人が、看守の日系人米兵に贈った寄せ書きが、カリフォルニア州の元米兵の娘の自宅から見つかったことが話題になっていました。今回奉納された寄せ書きも、いずれ話題になるかも知れませんが、名前などは伏せておきたいと思います。
 それにしても、これに前後して5月11日午前2時頃、千代田区の靖国神社付近の路上で靖国会の沼山光洋局長が割腹自決をしていました。同局長は、天皇陛下や総理大臣以下閣僚が堂々と参拝出来るような環境を作って欲しいと主張していたそうです。これなどは全く報道されることはありません。
 因みに、ABC級戦犯は、罪の重さや犯罪の規模を表した等級ではなく、単なる分類とされ、A級戦犯が戦争を指導した将校クラス、BC級戦犯は「上官の命令に従い任務を果たした兵隊や軍属」でした。そして、処刑されたA級戦犯が25人なのに、BC級戦犯は5千人を超え、約1千人が死刑判決を受けています。
  また、民主党当時の野田佳彦国対委員長は、質問主意書で、東京裁判にも言及し、「A級戦犯とは…事後的に考えた戦争犯罪の分類」「A級戦犯はそもそも戦争犯罪人に該当しないと解釈できる」として、政府の見解を質問。また、東京裁判を受諾したとすれば「日本は『南京大虐殺二十数万』や『日本のソ連侵略』等の虚構も含め、満州事変以来一貫して侵略戦争を行っていたという解釈を受け入れたことになる」などとも述べています。戦争犯罪人について靖国神社は、“戦犯はぬれぎぬであって、日本には戦争犯罪人などいない”などと東京裁判を否定しています。

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2019年5月14日 (火)

「中国関税25%に引き上げ問題」とは

 この関税引き上げは今年元旦から 25%に引き上げられる予定でしたが、「米中貿易協議」を始めることで先送Image4りにされていました。この貿易協議で、アメリカが中国に突きつけていた条件は、「知的財産権」「為替の自由化」「資本移動の自由」の三点でした。しかし、この三点を中国は段階的にやるやると言い続けながら先延ばしするだけで、何一つ守ってくれないとトランプ大統領は見ているようです。 
 「知的財産権の問題」は、中国と取り引きするには、「知的財産権を中国に寄こせ!寄こさなければ、中国向けに輸出させないぞ!」という脅しをやめなさい。
 「為替の最終的な自由化」は、中国は為替を自由化していなく、「管理変動相場制」で、中国共産党政府がコントロールしているので、これを完全に自由化しなさい。
 「資本移動の自由」とは、一旦中国に投資されたお金で、中国国内で儲かったとしても海外に持ち出すのが非常に困難とみられ、結局、中国国内に投資する以外にないので、これを自由化しなさいと要求しています。
 更には、中国が「世界貿易機関(WTO)」に入る際に約束してきたすべてを守りなさい。守れなかったら自由主義社会から出て行けと、強硬な態度を示しています。この「米中貿易戦争」は、今後の世界経済の行方を大きく左右すると見られ、日本への影響も必至でしょう。このような経緯などを渡邉哲也氏が上手に解説しています。
 この貿易戦争は、レーガン大統領がソ連との冷戦を終わらせたように、トランプ大統領も中国との冷戦を終結させるのかと期待されています。

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2019年5月10日 (金)

日本を心配するウクライナ青年

 これ程、見事なスピーチは滅多に見られないので、ご紹介したいと思います。2019_5_3_001c
 このスピーチは、5月3日、千代田区の砂防会館別館で「公開憲法フォーラム」が開催された席上で、ウクライナからの留学生、ナザレンコ・アンドリー氏が提言したもので、ネット上で注目を集めています。外国からの留学生が日本の滞在数年で分かったことを、日本人の多くは分かっていないことは残念なことです。
ナザレンコ・アンドリー氏の提言】 
 私は5年前にウクライナから参りまして、恐らく憲法改正の議論が最も活発にしていた時期を日本で過ごしました。なので、「平和」と「戦争」という言葉を何度も耳にしました。数年前ロシアに侵略され、一部の領土を奪われ、今なお交戦が続いているせいで、毎日毎日、新しい犠牲者が出てるウクライナの出身者だからこそ、どうしてもその議論に関心が向きます。
 
護憲派の方々が軽々しく脅し文句として使っている「戦争」という言葉は私の祖国の現状だからです。そして、その改憲に反対している方々の主張はウクライナが犯した過ちと非常に似ているので強い危機感を覚えました。簡単に言えば、自称・平和主義者は何と言っていますかと言うと、それは「軍隊を無くして、隣国にとって脅威にならなければ攻められないと。どんな争いでも平和を訴え、話し合いさえすれば解決出来ると。そして、集団的自衛権を認めたら他国の争いに巻き込まれるから危険だと。」、では、ウクライナは侵略される前まで、ずっと、とって来た政策と比較してみましょう。1991年ソ連から独立した時にウクライナには沢山の核兵器と100万人の軍隊がありました。しかし、維持費がかかるし、隣国に警戒されてしまうし、危険なのでウクライナは全ての核兵器を譲りました。代わりに、ブダペスト協定書という国際条約を結び自国の防衛を他国に委ねてしまいました。
 そして100万人の軍隊を20万人に。つまり5分の1まで軍縮しました。
 しかも、大国の対立に巻きこまれないようにNATOのような軍事同盟にも一切加盟しませんでした。日本共産党の考える平和主義は正にこれではないでしょうか。こんな政策を素晴らしいと考えてる方を是非いま、ウクライナの前線に連れて行きたいです。戦火で燃えている村の廃墟、ミサイルが落ちてる中で学校の地下に隠れている子供、20歳まで生きられなかった戦没者のお墓を見せて聞かせたいです。「あなたが望んでいる日本の未来はこれなのか。戦争は言葉によって止められるものなら、その言葉を教えて下さいよ。安全な日本にいる時だけは戦争のことばかり話しているのに、どうして実際の戦地に一度も平和の精神とやらを伝えにきたことがないのですか」そう聞きたいです。私に言わせれば、抑止力を無くして平和を得た国は無いでしょう。
 そして抑止力というものは物理的なものだけではありません。もし国民投票の際、何千万人の日本人が投票所に来て、改憲賛成に票を入れたら、それはどういうことを意味しますかというと、「我々は外国によって強制的に押し付けられた法律を認めない。自分の国を自分で治めるのだ。自衛隊はこの日本を守っているように、我々も自衛隊に協力し、自衛隊の権利を守る。」という意味になります。そういう強い意志を示すことこそが最大の抑止力になると、私は思います。一方では、憲法改正されていない状況を隣国はどう受け止めるでしょうか。「日本人って武力を持って攻撃したら、いつでも押し付けられたルールにおとなしく従うんだ。日本の領土を奪っても、国民を拉致しても、ミサイル飛ばしても、国際条約を破っても何度も領海侵犯しても、全く動こうとしないんだと。日本の国会に決断力がなくて、どんな危機に直面しても行動を取らず、中身の薄い議論を続けるばかりなんだと。」こういう風に思われてしまうことこそは、戦争を招かざる得ない事態だと私は思います。
 そんなの被害妄想だと考え、隣国に侵略されることは非現実的だと考える方もいらっしゃるでしょうが、実はウクライナ人だって2014年まで皆そういう風に考えてきた訳なんです。しかし今、平和ボケしてた時期を振り返ってみると戦争が一切起こらないと考えることも、敵の戦術の一つだったと私は分りました。ところで、日本国憲法の前文に「平和を愛する諸国民」と出てきますが、私はどんな国でも一般市民の大半は平和を愛すると信じたいです。しかし、日本の隣国の中で権力者が国民の願いを聞いてくれる国なんてあるのでしょうか。北朝鮮にしても、中国にしても、ロシアにしても、独裁国家ばかりではにいのてしょうか。その国々の国民はいくら平和を愛したって権力者が戦争しろと命令したら「NO」と言えないのです。で、日本の野党の方々は同じ日本語をしゃべって、同じ日本人である有権者でさえ説得出来ないのに、どうして全く違った国民性をもった外国人の指導者を戦争しないよう説得出来るのか私は分りまん。

そして、議論が必要と何度も言いながらも議論から逃げる姿勢も不思議でなりません。国際情勢が深刻化する中で国家の生存に関わる憲法改正問題をこれ以上先送りしていられないと思います。日本には今、歴史的なチャンスを掴むか、台無しにしてしまうかによっとて、子孫は良くも悪くもどのように今の日本人を評価するのか決まります。「令和」と名付けられた新しい時代に日本はやっと大和精神に基づく法令によって統治されるようになると信じたいです。そして日本は自立し、国際社会と対等な一員になることは日本のためにも、世界のためにもなるはずです。ご清聴ありがとうございました

■「ウクライナ出身でロシアによるクリミア侵攻を実体験した青年スピーチ

 

平成30年8月15日、靖国神社。ウクライナの青年、ナザレンコ・アンドリーのスピーチ

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2019年5月 6日 (月)

鹿児島の笹巻「あくまき」のこと

 我が社の上園顧問(行政書士)の郷里は鹿児島県ですが、郷里の母上が作って送ってもらったという笹巻(あくまChimaki_0025き)のおすそ分けを今年も数本頂きました。
 例年、5月5日の「端午の節句」の季節に手作りしたものを送って頂くということで、子供が何歳になっても、母親の子を想う気持が伝わってきます。
 この、あくまき(灰汁巻)の歴史は古く、関ヶ原の戦いで薩摩藩の島津公が、日持ちする兵糧として持参したのが始まりとされます。その後も参勤交代の長旅の際や、幕末の動乱期には西郷隆盛ら薩摩藩士の携行食としてや、1868年の鳥羽・伏見の戦い、続く、1868~1869年の戊申戦争、更には、1877年の西南戦争の際にも戦陣食として持参したという歴史と伝統ある食べ物だそうです。近年では、男の子が健やかに成長するように祈る母親の気持を伝える意味と、お祝いの菓子として作られるようになったとのこと。
 この笹巻は、孟宗竹の皮で包んであり、開くともち米はあめ色に変色しています。
 つくり方は、まず、餅米を灰で溶かした汁(あく汁)に一晩浸して水を切り、孟宗竹の皮を広げ、その中にもち米を詰め、袋状に包んで、しゅろ等のひもで2~3カ所が縛ってあります。それを鍋に入れて灰汁で3時間以上もジックリと煮ることで、米粒があめ色に変色したら出来上がりだそうです。食べ方は、きな粉に黒砂糖や砂糖をまぶしたり、砂糖醤油や醤油だけで食べる人もおられるなど、その家その人ごとの食べ方があると聞きました。
 細長い笹巻を切るときは包丁を使うとベトベトと付着するので、皮で包む際に縛っていた糸で切るといいと教わっていたので、ぐるりと一周巻いてから縛るように引くと綺麗に切ることが出来ました。本当にご馳走様でした。来年もお願いします。

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2019年5月 2日 (木)

「時間の浪費は取り返せない」

 我が社の格言カレンダーを捲ると、「今月の標語」は、「物の浪費は補えても、時間の浪費は取り返せない」とあります。5_image
 下段の解説には、「『時は金なり』という言葉があるように、昔から、時間というものを大切にしなければならない、と教えられています。物なら一つ無駄にしても、新しい物を持ってきて埋め合わせることができ、また、失ったお金でも、働いて取り戻すことができるでしょう。しかし、時間というものは、一度過ぎ去ってしまえば、二度と戻ってはきません。そして、有意義に過ごそうが無駄に過ごそうが、一時間は一時間として同じように経ち、私たちの意志や行動に関係なく、ちょうど大河の流れのように再び逆流することなく、悠久の過去へと瞬時も休まず流れ去ってしまいます。その再び取り戻すことのできない時間を無駄に浪費することは、自分の人生をそれだけ短いものにしてしまうことになり、何にも増して不幸なことでないでしょうか。与えられたその日その時を大切にし、それそれの立場に応じて精一杯努力をし、悔いのない充実した時を過ごしていきたいものです。」とあります。ここでは、敢て別の見方もしておきたいと思います。
 「時間は全ての人間に平等に与えられている」と主張される方が多くおられます。
 それは、誰にも1日24時間は平等だという理由からですが、この考えは、生き物には寿命という時間の差があることを忘れています。生れて直ぐ死んだり、100歳以上も長生きする人もいます。また、労働に対する対価として最低額を法的に保障する「地域別最低賃金」の制度から見ても、都市部と地方の大きな賃金格差があります。因みに、東京都最低賃金は、平成30年10月1日から時間額985円(前年度比27円増)なのに、最低は鹿児島県の761円(同24円増)で224円も差があります。それに、同じ仕事内容でも、正社員と派遣社員の賃金格差も指摘されています。
 このような時間に対する評価の差も、眼に見える時間の浪費の一つでしょう。

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